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復活! ロポリこん(VCC対応令和5年最新版)

 どうも、Najikoです。

前書き

 今回はあの大人気アバター、ロポリこんをSDK3.0とPhysBoneに対応させてアップロードしてみよう! という記事なのですが、実は去年、同じような記事を書いています。

今もおおむねこの記事の方法でいけるのですが、去年の記事は手順が多いものでした。今回は、
・VCCも使おう
・もっとカンタンになったよ
という記事になります。前提として、初心者の方でもなんとなくアバターがアップロードできるくらいの知識があれば問題なく進められると思います。

VCCを使おう

 VCCを使いましょう。
一応、アバターを初めてアップロードする方はUnityの導入からになりますので
https://vrc.wiki/beginner/672/

このサイト様の記事を参考にするなどして、Unity(現在のVRCの対応バージョン)、UnityHub、VCCのインストールを行ってください。設定後のアバターアップロードの手順も書いてあります。


「VCCってなんなの?」というと、これはVRChat Creator companionの略です。要するに、「VRC用のUnityプロジェクトを管理してあげるよ」という便利ソフトです。便利なだけでなく、アバターやワールドをアップロードするための「SDK」というアセットはこのVCCを使ってプロジェクトを作成することでのみ最新のものを使用することができるようになっています。

VCCを起動するとウィンドウが出てくるので、とりあえず右上の「Create New Project」をクリックします。

するとこのような画面になります。真ん中のProject Nameのところにプロジェクト名を入れ、上の3つの中の「Avatars」をクリックします。

そうすると、下の方の「Create Project」が押せるようになるので押します。

すると、「これをインポートしたプロジェクトにするからよろしく」という画面が出てきます。必要なものがあれば右側の+マークで追加インポートすることができますが、今回はそのままにしておきます。右上の「Open Project」をクリックしましょう。

しばらく待つと、プロジェクトが開きます。これでVCCに対応した空のプロジェクトができました。

アバター導入

 こんちゃんを導入していきます。ただし、先にシェーダーからインポートしていきます。
https://github.com/unity3d-jp/UnityChanToonShaderVer2_Project/blob/release/legacy/2.0/README_ja.md
こちらからユニティちゃんトゥーンシェーダー 2.0 (UTS2) Ver.2.0.9をダウンロードしてインポートします。去年の記事にはUnityのバーションアップデートを見据えてliltoonを導入する手順を書きましたが、それからUTS2のバージョンが上がったのでこちらを使用すれば大丈夫です。

UTS2のUnityPackageをインポートするとこのような画面になるので、ウィンドウ右下のImportをクリックしてシェーダーをインポートします。

終わったら次はSceneを新たに作ります。右側Hierarchyタブの一番上のUntitledと書いてあるところを右クリックし、Add New Sceneを選択します。

なんか言われますがSaveをクリックして名前を付けてSceneを保存します。

次に、いよいよこんちゃんのアバター本体をインポートします。Unitypackageを先ほど同様にインポートすると……

このように、下のProjectタブ内を見るとAssetsフォルダの下にこんちゃんが入ったフォルダがインポートされているのがわかります。

SDK3.0とPhysBone向け設定

https://musica3788.booth.pm/items/4688365

Boothでムーシカさんが公開されているこちらのprefabを使うと、SDK2.0向けアバターのコンバートなどの手順をすっ飛ばしてこんちゃんを使用できます。コンバートの手順が知りたい方は去年の記事の「2.0から3.0へ」をご覧ください。

早速こちらをインポートしていきます。

すると、Assetsフォルダの下に「LPK_3.0」というフォルダが追加されています。ここで、Scene上にこんちゃんを置く前に、HierarchyのUntitledというSceneを右クリックしてRemove Sceneしておきます。

そうしたらいよいよ、こんちゃんをSceneに配置します。今回はPC用のこんちゃんのPrefabを選び、Scene上にドラッグアンドドロップしました。そして、右側のInspectorのPositionを0にしてSceneのど真ん中にこんちゃんが置かれるようにします。

あとはこれでアップロードすればアバターとして問題なく機能するはずです。PhysBoneで揺れものの設定もされています。特にこだわりがない方はそのままアップロードしてオッケーです。Quest対応したい場合はQuest版のprefabも同梱しているのでそちらをAndroidプラットフォーム向けにアップロードすれば完了です。

追加設定

 ここからはわたくし(と一部VRC公式)が推奨する設定群です。具体的には
・FXレイヤーのアバターマスクを消す
・write defaultsを使わない
・Tracking Controlの設定
・目がうるうるキラキラするようにする
・BoundsとAnchorOverrideの設定
を行います。

アバターマスクを消す

なんやねんそりゃ、と思われるかもしれませんが、これらの設定は他のアバターでも使える設定なのでとりあえず行っておくと無難です。まず、こんちゃんのInspectorの下の方のFXに入っている「LPK_FX」をダブルクリックして開きます。

するとこういった画面が出てきます。まず、AllParts、Left Hand、Right Handのそれぞれの右側の歯車マークをクリックします。すると、「vrc_MuscleOnly」などのMaskが設定されているボックスがあります。

これらを3つともNoneにします。すると歯車マークの横のMという字も消えます。ここにMaskが入っていると、アバターの指が動かなくなります。まあ、こんちゃんは指がないので見た目の変化はないのですが……

Write defaultsを使わない

次にアニメーションのステートボックス内からWrite defaultsのチェックを外していきます。

その前に、Sceneのこんちゃんを選択した状態でAnimationタブを開き、Createボタンを押します。Animationタブがない場合は、上部メニューの「Windows→Windows→Animation」と選択してタブを出現させてください。

今回は「FaceReset」という名前で保存しました。次にSceneのこんちゃんを選択した状態で右上の赤い録画ボタンをクリックします。

するとこんちゃんが中腰になるので、Sceneの「ロポリこんPC3.0」の左にある矢印をクリックして階層を開き、「Lowpoly_kon」というメッシュを選択します。そして右側のInspector内のBlendShapesという項目の矢印をクリックして展開します。すると0がたくさん出てきます。

さきほど録画ボタンを押した後の状態で、この0だらけのボックスの「vrc_v_」より下のものを全て1にします。ただし「Body_None」のところは触れないでください。

今度は今入力した1を全て0にします。その後、再度Animationタブをクリックし、右上の赤い録画ボタンをもう一度押すとアニメーションの編集が終わります。

先ほど新しいアニメーションを作成し保存したフォルダにFaceResetのアニメーションができています。クリックすると、先ほど選んだ全部の数値が0になるアニメーションができているのがわかります。

その後、先ほどのこんちゃんのInspectorの下の方にあるFXレイヤーを再度ダブルクリックしてこの画面を出します。LayersタブでAllPartsの右上の「+」ボタンをクリックするとNew Layerが一番下に追加されるので、左の「=」をドラッグしてNew LayerをALLPartsの1つ下に持って行き、ダブルクリックして名前をFaceResetに変更します。

次に、Face Resetの歯車マークをクリックして、Weightのスライダーを右に動かして1にします。よく忘れるのですが、これを忘れるとそのレイヤーが機能しません。

次に、このレイヤー内に先ほど作成した「Face Reset」のアニメーションファイル(飛行する三角形みたいなマークのファイル)をドラッグアンドドロップすると、このようにオレンジのボックスが出てきます。これをクリックすると……

右側のInspectorにこのように表示されるので、Write Defaultsのチェックを外します。

次にLeft HandのLayerをクリックするとこのような画面が出てきます。現在はオレンジのボックスの「Idle」が選択されています。右側のInspector内に、「Write Defaults」と書かれたボックスにチェックが入っているのが見えますが、このチェックを外します。さらに、灰色のボックスもそれぞれクリックし、全てのボックスでWrite Defaultsを外します。

次に各ボックスのInspector内の下にあるAdd Behaviorをクリックし、VRCAnimatorTrackingControlを追加します。

チェックボックスが出てくるので、Left、RightのそれぞれのLayer内の灰色のボックス(ハンドサイン)のチェックをこのように設定しましょう。

オレンジ色のボックス(Idle)内のチェックはこうします。こんちゃんの場合やらなくても大丈夫ですが、他のアバターの場合はこれでまばたきと表情の干渉をある程度防げます。また、表情アニメーションで口を開けている間にはリップシンクを無効にしたい、という場合はその表情(このこんちゃんの場合Right HandはOpen、Peace、Gun、Left HandはPeace、Gun)のみ下の画像のようにMouth&Jawの欄はAnimationにチェックを入れるようにするといいと思います。

目をキラキラうるうるさせる

このままだと、特定の表情のときにこんちゃんの目がうるうるキラキラする演出が動きません。

H_KindSmile.hとT_SterSmile.bの2種類がそれにあたります。このprefabの設定の場合右手のOpenとThumbs upに入っているのでそのボックスを選択し、右側にある「Motion Time」のチェックを外してください。これでキラキラうるうるします。

BoundsとAnchorOverrideの設定

これもこんちゃんの場合1メッシュ1マテリアルのアバターなので別に必要ないのですが、覚えておくと他のアバターを改変する時に正しく設定できます。

Sceneの「ロポリこんPC3.0」の左の矢印から階層を開き、「LowPoly_kon」のメッシュを選択します。すると、右のInspectorにBoundsが表示されているので値をこのようにします。こんちゃんの場合この数値ですが、とにかく全身が立方体の中に少しゆとりをもって格納されている状態にします。アバターにSkined Meshが複数ある場合は全メッシュのBoundsの数値を揃えます。

Inspectorの下の方にあるRoot Boneは必ずHipsに、またさらに下のAnchor OverrideはNeckにておくとよいです。これも複数Skined Meshがあるアバターでは全て同じように設定します。そうすると「ワールドのライトを受けると顔と体の明るさが違って見える」とか「近くに寄って見ると靴や帽子など体の一部が消える」などといった現象の原因を1つ潰すことができます。

最後に、表情をリセットするアニメーションを作成した時にいじらないようにしておいた「Body_None」のシェイプキーを100にしておきます。こうすると袖の中の腕のメッシュがキュッと細く絞られ、肘を曲げた時に飛び出てきたりするのを防げます。ここではアニメーションをいじる必要はありません。

あと忘れずに、アップロードする前にSceneの「ロポリこんPC3.0」のAnimatorのControllerをNoneにしておきましょう。動作テスト時以外ここにレイヤーを入れることはありません。

さらに補足

 アップロードしてから気づいたのですが、この設定だと走ったとき尻尾が体を貫通してくるので、

Hipsボーンの階層にVRC Phys Bone Colliderを追加します。

設定値はこんな感じでいいと思います。

Tail_02の階層のPhysBoneの設定の下の方にある「Colliders」とところの「Size」が0になっているのを1にします。するとElement 0というボックスが出てくるのでここにHispsのボーンをドラッグアンドドロップすると、

こうなります。これで尻尾が貫通しなくなると思います。

最後に

 追加設定の方は別にそこまでせんでもよいといえばよいのですが、Write defaultsとFXレイヤーのアバターマスク不使用は公式で推奨している設定なので、理屈はともかく覚えておくと良いと思います。ご質問などがあればTwitterの方にDMを送っていただければと思います。では、皆さんこれからもよいこんちゃんライフを……

Twitter:@najiko10

SS、挿絵、没画像

 Najikoです。昨日の記事が長くなったのでこちらは別枠の記事にします。

 SS「Nuj計画」の各話には、挿絵を入れています。これらはAIに描いてもらったものです。画像生成は、最初遊んでいるうちはAIに絵を描いてもらうためにAIに絵を描かせていたような感じでしたが、約半年の間に描いてほしいものを描いてもらうにはどうしたらいいかを追求してきた結果、このような使い方ができるようになったというわけです。まあ、ここまで書いておいて言うのもなんですがわたくしお話考えるの苦手なので、長いこと文字ばっか書いてると「うーん、これ誰か読んでくれるかなぁ……」とか「自分で書いたけどなんかちょっとなぁ……」と思い始めてモチベーションが下がっていったりもするのですが、絵が1枚あると「映える~」とか「かわいい~」とかの原始的な感情でモチベーションを維持することができます。
 ちなみに挿絵にはAIを使っていますがお話にはAIを使っていません。AIに聞いたらわたくしが考えるより面白いお話を作ってくれたかもしれませんが、わたくしは書きたいことを書くために書いてるのでAIくんは絵だけ描いてくれればよろしいです。なんせ、わたくし昔はpixivとかで小説たくさん書いてブイブイいわせて……ないんですよ。続き物の小説完結させたの初めてなんですね、これがね……まあどっちにせよ書きたいこと書けば勝ちです。ハイ。

第1幕

 ちなみにこのシリーズ1話じゃなく1「幕」としていますが、特に意味はないです。元々真夏ちゃんが登場する話じゃない予定だったのに真夏ちゃんを乱入させたのでガッツリ真夏ちゃんの挿絵を使っています。が……

最初は電話ボックスの絵を出したかったんですよね。挿絵だし、風景画みたいな方がいいんじゃない? と思ったのですが、困ったことに洋風の電話ボックスしか出ないんですよね。無理もありません。日本の電話ボックスの形って特殊というか、ね……

あと田舎の道に白いセダン、というのもあったんですけど、風景とマッチしなさ過ぎてシュルレアリスムに片足突っ込みそうな絵になって来たのでやめました。SAN値が削られてしまいます。

その後散歩中の真夏ちゃんを出力しようと心に決めますが、猫耳ヘッドホンがなかなか出なかったり、猫のようなクリーチャーが同伴したりと色々ありました。謎にメスガキ顔してるし。

最終的にはこんなところで落ち着きましたね。ちょっと荷物を持ってるのを選ぼうとしていた気がします。今後1日目の真夏ちゃんはこのカラーのパーカーを着てもらうことにしています。

第2幕

第2幕の画像はこのSS用に出力したものではありません。別のセッション用に赤森promptで回していたときに画的にすごく魅力的なのが出たので使ったという感じです。本人は目の色、ホントは赤なんですよね。

ちなみにこの画像はVaeファイルを適用しないで出したバージョンで、このようにVaeを使わないとめちゃくちゃ色褪せた絵になってしまいます。

第3幕

ベッドサイドの深木くんに話しかける名治子の画像ですね。名治子はメカクレしてる目が逆になることが多く、ガチャ要素が強くなるのであまり出したくないキャラです。これは合ってますが、服の色があってないし。

顔が怖い

あと純粋に病室のベッドサイドに見える絵を出すのは難しいので最終的には入り口に立ってるところの絵にしました。

顔が怖いって

まあ病室の入り口ってなかなか難しいですよね。これはメカクレが逆。

最後はこれに決めました。この光の感じがいいんですよね。Dramatic lightingとか入力したようなしてないような気がします。どうだったかな……

第4幕

バーチャル空間に降り立った真夏ちゃん。ディスプレイのブルーライトのみが照明、みたいな閉鎖的な部屋を出力したかったんですが、なんということでしょう。そこには間接照明と自然光を取り入れたオシャレなオフィスが。ちゃうねん。いい絵なんですけど、何一ついうこと聞いてないんよ。

パーカーの色とかも相まって結構ガチャ要素強めです。

これいいね! と思ったのですが表情などを調整して……

ほい。微調整と小細工、大事です。ちなみに、Morphee Gearの「Morphee」とはヒュプノスの3人の息子の内の一人、モルペウスのフランス語読みです。ですので「モルフェギア」と読むのが正しいということになるかな……? モルペウスは3人の兄弟の中で「人間の夢」を生み出す存在なので、ヒトの人格をどうこうするVR機器の名称にはふさわしいかと思います。

第5幕

今回一番頑張った回かもしれません。名治子AIと真夏ちゃんのツーショット……のはずなのですが。

誰&誰&どこ&どういう状況?

通常の方法では別々のキャラのツーショットは出力できません。範囲を指定して「こっち側はこのpromptでこっち側はこのprompt」という形でミックスしてくれるアドオンを使用してみたわけですが、なんですかこれは……

背景のこともあってなかなか……結構惜しいのは出るんですけど……

シチュエーションというか構図的にはこれがいいかなーと思ったのですがここから寄せていくにはかなりのレタッチが必要になります。

完成したものがこちら。2人の表情とか結構気に入ってますね。AIが描く絵は1枚絵のポートレートみたいな感じにはなるのですが、意味があるシチュエーションや記号を盛り込もうとするとレタッチが必要になり難易度が跳ね上がります。余計な部分を消したりとか……まあ全部やってると大変なので「まあ、こんなもんか」ってところでお出ししています。一応文章の方がメインコンテンツですのでね。

第6幕

では問題です。これはどこのシーンでしょうか!

はい、真夏ちゃんと赤森が食堂で飯食ってお話してるシーンです。デフォルメされすぎです。かわいいけどさ……

しかしまぁー、シュールな絵しか出ません。なんで隣座ってんのよ。そして全体的に背景がオシャレすぎ。丸テーブルもなかなか出ないですし、工夫次第というところではあるでしょうが社食の寂れた感じはそうそう出ません。

あんまりにもあんまりだったので場面を変えてみることにしました。自販機のとこで真夏ちゃんがひょこっと現れたシーンですね。構図がナンパ。結局このシチュエーションも難易度が高すぎるので没。

しょうがないからもう赤森がスマホ渡されたシーンにしてお茶を濁そうと思ったらflat chestを入れ忘れて巨乳赤森が爆誕。ヒヤリハット案件です。あとこの画像も最終的な画像もそのままだと赤十字が出てしまっているのでその都度消しています。ギルティですね。

最後はこれ。丸テーブルだし、ちゃんとスマホ持ってるし、そこそこ困惑してるし、画的にはいい感じです。ここで沼にハマると本編を書き進められないのでこれでいいです。

第7幕

深木くん回です。セッションで登場した深木くんのディテールを一度クラゲさんに見せてもらっています。

本来はツインテールだったのですが、脳波検査を受けた後病室に搬送されているのでほどいているところにしました。しかし、病室のベッドがなかなか出ません。

これとか結構気に入ってたんですけど、もうちょいこう、一人呆然としてる感じが出したかったんですよね。

モデルを変えてimg2imgを続けるなどしていると構図もいい感じになってきました。

最後は深木くん本人の特徴を描き加えて完成です。男の子ですよ。脳が破壊されます。

第8幕

真夏ちゃんが猫と歩くシーンです。ほっとくとタイツと脚がミックスされがちなのでporomptでちゃんと指定した方がいいです。あとは猫がクリーチャーになりがち。

ちょっとお淑やかすぎるのと猫がふてぶてしすぎるのでこれは不採用。

雑コラしたり空の色を変えたりしながら再生成して完成です。右手首にブレスレットを描き加えています。物語上重要なアーティファクトですからね。

第9幕

曇り回です。この回は本来アクションシーンに該当する場面を出せればよかったのですが、血だまりに倒れる名治子も6割ハンギョドンの深木くんも出力難易度も高いし画的にかなりショッキングなので最初から考慮せず……

曇っております。あんま悲惨すぎる画にするのは結局ショッキングだし、かわいそうかなぁと思ったのですが……

はい。結局。わたくし、あんま曇らせ好きじゃないんですけど、真夏ちゃんがずっと八面六臂の大活躍をして終わるだけだとなんか申し訳ないなと思ったのでちょっとびっくりしてもらいました。こちら、hires fixしてるので劇画みがやや強いです。ちなみに余談ですが、この回で登場した6人のエージェントはINCTの人間ではなく、名治子がこのような事態に備えて雇い、職員に偽装して配備させていた民間軍事会社のエージェントです。脳波検査の際に名治子が連絡を取っていたのもかれらです。

第10幕

意を決して真夏ちゃんが歩き出すシーンです。前日と打って変わってマイペースさを取り戻した真夏ちゃんのパワーを背中で表現できたと思います(?)

振り返らないで歩いてほしいのですが、後ろからの構図を指定するとまあ振り返ります。

最終的には結構ドラマチックな画になったので満足です。

第11幕

11幕は一堂に会してるシーンなのでその様子を描いてもらおうとするとまあ4人分+名治子はベッドに寝てるわ深木くんは車いすに座ってるわでちょっと無理寄りの無理なので「あの日あの時の海岸」にいる深木くんを描いてもらいました。深木くんの絵もこの辺で入れないと真夏ちゃんばっかりになってよくないなと思ったのでこれはいいんですけど結局総合すると真夏ちゃんばっかりなんですよね。

こうしてみると馴染み深い服装な気がします。

最終的にはこれ。本当は砂浜の方が良かったんでしょうけど、構図的には良かったです。ヘアピンと服の模様も忘れずに加筆。

第12幕

ここは種明かし回なので画的にめちゃ映える場面ではなく、普通にいくとなんかニコニコした真夏ちゃん出しときゃオッケーみたいになっちゃうのであえて猫にフォーカスしました。2月に亡くなったわたくしの大事な家族、黒猫のルールーに捧げます。

この絵が一発目で出力されたので十分に良かったのですが、もうちょい引きの構図が良かったので……

最終的にはこれで。目ばっかり目立って見えるのが黒猫のかわいいポイントです。

第13幕

いよいよ終幕に近づいています。ここは赤森が車で出発する2人を見送る場面を描いて欲しかったんですけどね……

はい、完全に車を1台お釈迦にしています。そんなところで赤森のDEXが4しかないの回収しなくていいですから。

そんなシュールなやつは稀で、結構エモな画が出るんですけどね。

最終的にはこれ。車が行ってしまった後の様子という感じですね。ちなみにこれもめちゃくちゃ余談なんですけど、深木くんが赤森をあんまり悪く思っていない理由は、赤森が名治子の部下だから逆らえないだろう、という状況への理解によるものだけではなく、単純に赤森が20代のお姉さんだからです。名治子は色気のない容姿の30代ですし、真夏ちゃんは同年代なので異性と言えど深木くんからすればあまり興味ないんですけど、多感な時期の少年ならほどよく年上の白衣の天使は魅力的に感じるでしょう。作中に名治子がそのことを考慮に入れているセリフがあったりします。赤森本人はというとセッション中は坂でぶち当たってきて自分を前のめりに転倒させた深木くんを追いかけまわしてぶちのめそうとしたりしてましたが、それは内緒です。

終幕

終幕はまあ、真夏ちゃんなんですけど……第1幕で街を散歩してた構図とかぶせる形で、海岸に立ち寄ったときの夜の情景を出して欲しかったわけですね。

これは間違ってStable diffuison1.4のモデルで出したものです。ここからよくぞ数多の二次元イラスト特化モデルが誕生するに至ったものだと感慨深くなるところです。でもせめて海岸くらいは出しなさいよ。

同じpromptでモデル変えただけですぐこれですからホントどうなっちゃってるんですかね……

真夏ちゃんはおおむね安定するんですが、問題としては「猫耳ヘッドホンが本物の猫耳になってしまう」とか「パーカーの色が違う」とか「要らない建物が出る」とかですかね。

最後はこれでおしまいです。パーカーは2日目からはこの色。ヘッドホンの形が毎回違うのだけはいかんともし難いですが、まあむしろこれが一番よく描けてる気もします。

 こんな感じですね。意外とめちゃくちゃなやつは出ないんですけど、惜しい! っていうのが無限に出るのが画像生成AIというもの。最後の一押しをして「意味のある絵」を作り上げるのは、まだ人間の仕事です。或いは、直に加筆せずとも、手間をかけて意味がある絵を生成できるよう調整するのもまた人間です。この手間の有無にはまだAIと人間に間に大きな隔たりがあるように思います。労力としては大したことないのですが、「ヘアピンをつける」みたいなことが絵が意味を持つかどうかの大きな分岐点となるわけで、そこまでAIが簡単にやってくれるようになるには……まだ少し、ほんの少しだけかかるかも知れません。

 ということでほぼ日刊Najikoは終わりを迎え、これからはまた月刊Najikoに戻ることでしょう……今度はまた人の役に立つ改変の記事とか書いていきたいですね。それではまたあっち側でお会いしましょう……

SSを完走した感想

 どうも、ほぼ日刊Najikoのライター、Najikoです。

 ついに書き終わりました、SS「Nuj計画」シリーズ。まあ、計画全然終わってないし、なんだったら始まってないくらいなんですけどどうしたらいいんですかねこれは(?)
 書き始めた頃も同じようなことを書きましたが、この話は昨年からフレンドのクラゲさんが開いているクトゥルフ神話TRPGのセッション後の話を勝手に考えて書いています。最初は、続き物にしようというつもりもなく、後日談をちょろっと書いて満足、という感じだったのでした。しかしそのうち、きっかけは後述しますが「あ、これはお話が1個できるんじゃないだろうか」と唐突に思いついたので書いてみたわけです。
 色々ありましたが、お話を思いついた当初はそもそも真夏ちゃんは登場しませんでした。名治子のロクでもない計画に珠子が加担させられ、深木少年を巻き込んでいく……というところまでは考えたのですが、どう着地させても後味の悪いお話にしかなりそうになかったので、どうしようかなー、と思っていたところ、職場で雑談している際に年上の人から「昔の出会い系の手口」というのを聞きました。電話ボックスの中に電話番号が貼ってあって、かけると白い車が迎えに来る、というものです。どこまで本当なのかはともかくとして、ちょうど深木くんをどうやってINCTに連れて行くかも考えていたところだったので「お、それいいな……使おう」と思ったのですが、それとほぼ同時に「この方法なら真夏ちゃんを乱入させられそうだな」と閃き、乱入させることにしました。真夏ちゃんは設定上名治子の関係者だったので、名治子のエピソードに登場させれば必ずお話を引っ掻き回すことができます。さすれば、お話を丸く収めることができそうだ、と考え、その方向でお話を考えていくことにしました。


 問題は、どのようにして名治子の計画を真夏ちゃんが挫くかというところでした。初めはもっと穏便に、全員で話し合っている最中に真夏ちゃんが「その方法では深木は救われない」ということを指摘して名治子の目論見を未遂に終わらせる、という話を考えていたのですが、この方向で行くと「そもそも真夏ちゃんは何しに来たのか」とか、「どうやって計画の概要を知るのか」とか、「全員が一堂に会して話し合いを行う場面がそもそもないのではないか」とか、問題が山積してしまうことになったので、真夏ちゃんに別行動をとらせている間にある程度名治子の目論見を進め、さらに騒ぎを起こすことで真夏ちゃんが計画に巻き込まれている深木くんと接触するチャンスがあることにしたらいいんじゃないか、ということでその方向に舵を切っていきました。
 ですが、今度はロジックの問題にぶち当たります。真夏ちゃんが内情を知ったとて、深木くん自身が名治子の説得に乗ってしまえばそれをやめさせる権利は真夏ちゃんにはありません。道義的に正しいことを言わせたところで、当事者の深木くんが抱えている問題が大きすぎるので、それは「真夏ちゃんが気に食わないから」、という以上の理由にはならないことがわかってきたんですね。そこで、第一の矢として真夏ちゃんに「人格のコピーを所持させる」ということを思いつきました。コピーが入ったディスクを名治子に見せ、真夏ちゃんは何かしら凶器になるものを自分に突き付けます。
 「ねえ、それなら私がこうしても平気だってことだよね? だって、”私自身”はこのディスクの中にいるんだから、仮想世界の体に新しい私を作れば同じってことでしょ?」
真夏ちゃんがそう言えば、名治子は「それは待ってください」と、考え直しはするでしょう。けれどそこまでしたとしても……深木くんが「いや、どのみちこの体とはおさらばしたいから別にそれでいいんだけど……」と言い出しちゃうと結局「真夏ちゃんが気に食わないから食って掛かったら名治子が折れて諦めちゃった」という域を出ないのではないかと思い、再びどうしよっかなー、と考え始めます。


 まあ、人格のコピーを突きつける流れはとっておいてもいいだろう、と思ったのでそれが可能なシチュエーションを考え始めました。なんらかの装置を介さなければいけませんが、真夏ちゃんが勝手に使って勝手に人格のコピーを作成するところまで成功させなければなりません。無理じゃろそんなんどう考えても。とはいえ一度現物に触れさせておかなければ人を説得するには弱いので、名治子が不在の部屋に勝手に入って装置を使う、というところはよしとしました。普通ならまあ、鍵がかかってて入れないところですが、非常時には開錠するだろうということで深木くんの大暴れ騒ぎに乗じさせてスッと入り込みます。ここまではいいのですが、問題は例の装置です。人格のコピーをするだけの装置が研究室にポツンと置いてあるというのは考えにくいですし、名治子がほぼ単独でVRの研究をしているのであれば、部屋にあるのはVRのための装置ではないか、ということでMorphee Gearがあることにしました。まあ、INCTは以前からVRの研究自体はやっていたのでしょう。それで、名治子は体験会の一件もあり末峰コーポレーションからの技術提供を受けて作成したフルダイブVR装置の試作機を1台研究用に預けられている、というようなことであればまあ、あってもいいか、というところまで来るかなと思いました。また、セッション中、末峰が自室でVR空間に籠って単独で長時間のオフィスワークを行っていたというのもあるのでそれも踏まえれば妥当性は十分でしょう。あとは好奇心旺盛な真夏ちゃんが部屋で勝手に装置を使う……という流れです。あらかじめ「こんな機械で研究やってるよ」と名治子が真夏ちゃんに教えていたということにすればまあ、用途も見当がつきそうですし、盤石です。いや極秘の研究じゃないんかい、というのはありますが、VRの研究自体は別に極秘でもなく、そもそも名治子がVR体験会に参加した様子は全国放送されていたので「あんなやつうちでも研究してるんですよ」くらいの話はまあしてもいいよね、ということで……


 話はちょっと変わって「Nuj計画」についてですが、これは2020年に、みつき氏のV戯王のワールドに送ったカード群の背景ストーリーとして考えていたものです。遊戯王公式の背景ストーリーですらあんなに出し惜しみされてるんですからもうそんな話はお披露目する機会はないだろうと思っていたのですが、要するに「Vroid Studio出身のNajikoというキャラクターが新たな体を得たいと思い、アバターの研究を行う中でロポリこんを対象にした際に発生した改変済こんちゃんたちとそれにまつわる出来事」がそれにあたります。「Nujこん」と名の付くこんちゃんが研究の結果生まれたこんちゃんたちで、当時わたくし自身がこんちゃんの改変バリエーションを多く持っていたのでそこから着想を得て考えた設定です。
 けどまあ、そんな設定あったからなんだっちゅう話であって、別に誰が聞いたって得しないし、めちゃくちゃ面白いわけでもないしな……ということでそれからはただの脳内設定に留まっていたのですが、クトゥルフ神話TRPGのセッションの世界線の名治子がVRにかかわったことでこの計画を立案したということであれば……と考えたのがこの一連のSSのきっかけというわけです。


 で、話を戻して……そこまできたらあとは真夏ちゃんにVR体験をしてもらえばオッケーです。ガイド役はVRの中のNajikoにしましょう。このNajikoはVRC内でわたくしが使っているアバターであり、後にこんちゃんをNuj計画に組み込むことになる人物です。ただし、現時点ではまだテスト段階で、単独で行動しているのではなく現実の名治子の統制下にあり、エピソードも24時間しか記憶できない、ということにすればこの時点で真夏ちゃんと遭遇していても後の計画の流れに矛盾をきたさずに済みます。さらにその設定は、真夏ちゃんが現実の名治子とVR内のNajikoの大きな違いを認識するファクターとしても機能します。そして、あとは真夏ちゃんが人格をコピーする動機が要るわけですが……これもVR内のNajikoの成り立ちを聞けば、自分も同じようなの作って欲しい! という点と、ずっとVR空間内に孤独のまま働いているNajikoに友達を残していきたい、という真夏ちゃんの押しつけがましい優しい一面を発揮させれば通りますね。で、どうせだったら猫好きな真夏ちゃんは自分をモデルにしたアバターをもっと猫っぽいかわいい人物にしたがるはずです。となると……

これが……

必然、こうなりますわね……はい。そう、別に無理にでもたまなつちゃんを絡めようと思ったわけではないんですよね……でも逆に真夏ちゃんをモデルにしたVRアバターがたまなつちゃんと似ても似つかない方がおかしいじゃないですか。実際には真夏ちゃんというキャラクターのモデルがたまなつちゃんなので。逆輸入というか、互換性というか……たまなつちゃん自体、実はNuj計画の最終段階で生み出されたという設定がわたくしの中ではあったんですよね。「新たな魂の器」として理想的な存在として作られた複合改変アバター、それがたまなつちゃんです。しかし、この魂の器はなぜか完成した段階で自我を持ってしまいました。まあ、それはなんでかっていうとメタ的な話としてはわたくしが愛着が湧きすぎて一人のキャラクターに仕立て上げてしまったからなのですが、キャラクター設定として何故自我を持ってしまったのか、というところはあやふやなままでした。それが実はNuj計画の初期段階という過去の時点で真夏ちゃんから受けたオーダーを無意識のうちにNajikoが実行していたから、というところでなんかうまく理由がついたのでなんかまあ、本筋とは関係ないところで話が繋がってよかったな、という感じでした(いいのか?)

 これである程度話を収める条件は整ってきました。あとは真夏ちゃんが深木くんか名治子を説得すればいいわけですが、まだどっちかを説き伏せることに成功したとしても真夏ちゃんのゴネ得なので、一工夫加えなければなりません。名治子は説得しようと思えばできるでしょうが、深木くんを納得させなければダメです。それも、一方的な意見の押しつけで言いくるめるだけではいけません。まあ真夏ちゃんは子供なので、意見は押しつけるでしょうけどそれを踏まえて深木くんが自分で考えて決断するプロセスが必要……ということで、真夏ちゃんと深木くんを再会させ、深木くんにカミングアウトしてもらうことにしました。夜中に真夏ちゃんが部屋を抜け出して会いに行くのでも良かったのですが、そうすると赤森の世話になっている以上は夜の間に彼の話を聞きだしてしまうでしょう。それよりは、本人の意思で全部話してもらう方が後腐れがないので、真夏ちゃんが単独行動している間に会いに行くようにしました。で、ここでの話のポイントは、
真夏ちゃんが深木くんの体質と名治子からもちかけられた計画について聞く→自分もVR体験をしてきて名治子AIと会ってきたことを伝える→その上で、その方法では深木くんが救われないことを看破する
という流れですが、まだ看破されて「そっか」とはいけません。深木くんはもう自分の体質にはうんざりしているからです。もちろん、赤森との出会いを通じて「頑張って生きよう」と思っていた手前ではあるのですが、日中にトラブルを起こしてメンタルがやられているところに名治子から揺さぶりをかけられているところですから、自分に都合の悪い話には簡単に迎合できないでしょう。そこでもう一押し、真夏ちゃんの元々のエピソードを交えた話を持ち掛けて彼に考える機会を与えます。真夏ちゃんは猫を追っかけているうちにたまにドリームランドに迷い込むことがあり、セッションで登場した回では3日もそっちで過ごして痕跡を断っていたこともありましたが、彼女を大事に思っている家族の奈治男氏が危険を顧みず探しに行っていた、という経緯があります。だから、VR世界は魅力的だけどそっちにずっといるようでは「こちらの家族が悲しむ」というクソデカい重りを天秤に落とします。すると、兄妹がいる深木くんはそのことを思い出して決心が揺らぐわけですね。けど真夏ちゃんとしては自分のエピソードはあくまでも自分の感想なので、それ以上のことは言いません。そして、本来の目的は名治子に会いに来たことなので、翌日には自分が話したいことは話す、と告げて去っていきます。

 さて、仕込みは十分です。あとは翌日名治子に会って言いたいことを言い、深木くんの方も一晩考えてやめた、ということで話は収まるのですが……それだけだとお話に起伏がないので、もうひと騒動起こすか……と思いました。そして翌日、深木くんが暴走して名治子を殺しかけます。深木くんはストレスで体が変質する傾向があるので、朝から名治子に話しかけられて板挟みになればまあ、キチゲが爆発します。それも真夏ちゃんが来なければ爆発しなかったわけですが、真夏ちゃんは言うべきことを言ったという認識なので後々曇るわけですね。真夏ちゃんが眠っている間にドリームランドに招かれるくだりはちょっと贅沢が過ぎるかな、と思いはしましたが、セッションの中で実際に迷い込んで普通に世話になってるし、書けそうなエピソードは全部ぶちこみたいのでそのようにしました。やりたいことやるの、大事。それに真夏ちゃんが何のテコ入れもない状態でスーパー深木くんと対峙したらさすがに無事では済まないので、「敬虔な信徒」として助け舟が出されても良いでしょう。何より、真夏ちゃんはバーストが贈ったアーティファクトを身に着けているのでギリギリその資格はあるでしょう。もっと言えば、深きものどもは種族的にはアザトース配下のクトゥルフ陣営なので、旧神であるバーストから見るとまあまあ邪悪なものです。ちょっとお世話してあげてるデカい猫みたいな信徒がその邪悪と接触する危機に見舞われそうなら、ちょっとくらい助けてくれるんじゃないでしょうか。助けてくれるんですよ。で、真夏ちゃんに魔法を込めます。なんか猫由来のいい魔法がないかなと思ってはむさんからいただいたフラグメントの猫のところをよーく読んでいたんですが、なさそうだったので「破壊の呪文」と「旧神の印」を使いました。旧神といってもバーストはヌトスとは関係がないのですが、まあ、小細工程度には使えるでしょう、神だもんね! あと破壊の呪文の効果が一時的なものであることは元々の設定通りです。でも使っちゃった真夏ちゃんはそんなこと知らないので深木くんを殺害してしまったかもしれない、と曇るわけですね。SAN値チェック、1or1d6です。

 あとはまあ、ケガした名治子のところにいき、一時的な破壊から回復してきている深木くんも来て、種明かしというわけです。深木くんを陥れようとした名治子が平穏無事に終わっちゃうのもアレなので、大ケガしてもらってよかったと思います。これについては深木くんが謝罪を受け入る理由にもなるのでいい塩梅です。また、深木くんの登場回のテーマは「運転の初心者がそうであるように、過ちを犯しても悔い改めることで再スタートできる」というものだったので、それを踏まえて話がついたね、ということで……あとは個別エンディングをして、みんな相変わらずだけど悪いことばっかりでもなかったね、とハッピーエンドに持って行きました。ディスクが余っちゃったけどな!これはもしまた新しい話を思いついた時にでも……

 総合的に、深木くんの話を書こうとしてたら真夏ちゃんが主人公になっちまったな、という感じなんですけど結果的に真夏ちゃんが「設定があるセッションの登場人物」から「物語の登場人物」になることができたので、わたくしとしては良かったかな、と思います。ありがとうございました。

 長くなったので、挿絵没画像集はまた別記事にでもしましょうね……

「Nuj計画」 終幕

 「はぁ、びっくりした……」
真夏はひとしきり驚愕を放出し終わるとようやく落ち着いた。
 「大きな声出すなって言ったじゃないか……でも持って帰るのが不安でさ。無事帰れるように手配してくれるらしいけど……」
深木は喜びよりは不安の方が大きいようだった。
 「うん……気をつけてね。絶対私みたいな人に言っちゃダメだよ……」
と真夏は心配そうに言った。言わせたくせに、と深木は言わなかったが二度目はないものと肝に銘じた。
 「それはそれとして……名治子の誠意はよくわかったけど、珠子とはなんかお話した? 珠子も計画のこと知っててもんちゃんのこと誘い出したんでしょ」
と真夏が尋ねると、深木は少しため息をついて
 「まあね。けど別に赤森さんのことは悪く思ってないよ。あの先生、赤森さんの上司なんだろ? 赤森さんにも謝られたけど……実を言うと僕、初めて赤森さんと会ったとき、坂で後ろからぶつかって赤森さんを前のめりに転ばせたことがあってね。それも済んだこととはいえ……なんかそれを思い出すとまあ、おあいこってことでいいかなって」
と疲れ切った様子で話した。真夏はそれを聞いて乾いた笑いを浮かべ、
 「みんな色々あったんだね……けど、こんなことがあってから言うのもなんだけど……せっかく知り合ったんだし、名治子も珠子もこれからはもんちゃんに協力してくれると思うんだ。だからさ……」
真夏はそう言うと、少し遠慮がちに目を伏せてくせ毛の先をいじり始めた。
 「友達でいてねって言いたいの? まあ、やだね、とは言わないよ……僕の兄妹も病院にかからなきゃいけないこともあるかも知れないし……そのときはあてにさせてもらうことにしたんだ」
深木はそう話し、ほんの少し自嘲気味な笑みを浮かべた。真夏はそれを聞くと笑顔になった。そしてスマホを取り出して少し操作しながら、
 「そのときは私が見張ってるから安心してて! てなわけで、ほい!」
と言って突き付けてきた。
 「LINEか、そういえば交換してなかったっけ……じゃあ、よろしく頼むよ」
そうして深木もスマホを取り出して、2人はLINEを交換したのだった。

 それから例の電話ボックスまで来ると、真夏はそこで降ろされることになった。深木は家の近くまで乗せてもらうことになっているのでそのまま乗っている。
 「もんちゃん、またね!」
と真夏は車の中の深木に手を振った。深木は軽く手を振り返し、やがてドアは自動で閉まって車はそのまま走っていった。真夏はその後姿を眺めながらゆっくりと歩きだした。ふと空に目を遣ると、既に陽は落ちて頭上には星空が広がっていた。団地の他には何もない田舎の道。真夏はそっと猫耳つきヘッドホンをかぶり、散歩の続きを始める。唐突に、海を見ていこうと思った。近所の海岸は彼女がよく行く散歩ルートの一つだ。しなやかな足取りで歩く真夏の髪が、すれ違う夜風に触れてたなびく。やがて海岸が見えてきた。彼女はコンクリートの石段に座る顔見知りの猫に挨拶し、砂浜に降りて行った。凪いだ夜の海は、小さな波だけを砂浜に伝え、静かに星空と月を映している。真夏は音もなく砂浜を歩き、横目に海を眺めながらいつも座っている流木に腰かけた。嗚呼、こんな静かな海なのに。本当に、この遥かな彼方……その淵には、想像もつかないような何かが眠っているというのか。その事実を突きつけられた者、海からの呼び声に抗う者たちに、安寧が許される日は訪れるのだろうか。ふと真夏は右腕につけているブレスレットを眺めた。自分は色々なものに守られている。であれば……
 「真夏ちゃん」
後ろから男性の声がした。振り返るとそこには、眼鏡をかけたスーツのサラリーマンの姿があった。
 「おじさん!」
真夏は立ち上がり、笑みを浮かべた。そこに立っていたのは真夏を迎えに来た奈治男だった。
 「なんで私がここにいるってわかったの?」
真夏が尋ねると、
 「名治子から、車で近くまで送ったと聞いてそろそろ帰ってくると思っていたんだけど……真夏ちゃんのことだから、この辺で寄り道している気がしてね。おじさんも仕事から帰って来たばかりなんだ」
と奈治男は言った。
 「帰ろっか」
 「うん。帰ったら散らかしっぱなしの部屋を片付けるんだよ」
 「えー」
そうして2人は家路につく。真夏には、自分が何をするべきかはわかっていた。自分に手を差し伸べてくれる人々に感謝すること。その恩に報いること。その上で、自分の信じた方向へ進んで行くこと。大丈夫だ。その道行きがどんなに困難で遠くても、きっと最後には上手くいく。猫はいつだって、家に帰る方法を知っているものだから──

 「お兄ちゃん、お帰り!」
 「やっと帰って来たのか! 俺お腹減っちゃったよ」
 「お兄ちゃん、楽しかった?」
水色の髪をした3人の少年少女が、狭い玄関で帰宅した少年に詰め寄る。
 「……ああ、ただいま。別に、遊びに行ってたわけじゃないから……はは。でもやっぱり家が一番安心するよ。ご飯、まだなんだな。じゃあ今日はちょっと、出前でも取ろうか……」
彼らの未来に何が待ち受けているかは、誰にも分らない。だが、その絆は守られた。少なくとも今は、お互いに小さな幸せを噛みしめることができるだろう。そして、その先に待っているものが受け入れがたい結末であったとしても……愛する者たちが寄り添い続ける限り、運命を受け入れることができるはずだ。それに彼らはもう孤独ではない。最後まで手を差し伸べてくれる人が、きっといるから。

 事件から数日後、ここは閑散としたINCTの、寂寞の掃き溜めのような静かな病室。
 「先生―、生きてますかー」
赤森は病室に入ってくるなり、向こうを向いて横になっている名治子に話しかけた。
 「ああ、赤森さんですか。ドアは閉めてくださいね。セラピーは秘密の保持が大原則ですから。よっこらしょ……うぅ……」
まだ簡単に寝返りが打てないので、痛みにうめきながら名治子が体位を変えて赤森の方を向いた。
 「誰も通りゃしないですけどね、こんなとこ。それにまだセラピー続けるつもりなんですか……先生の傷の方がよっぽど深いと思うんですけど」
赤森はベッドの傍らの丸椅子に座り、持ってきた買い物袋からメロンパンを取り出して名治子に渡した。
 「おお、ありがとうございます。メロンパンは真夏ちゃんの好物でもあるんですよ」
名治子はそう言って袋を開けたが、
 「真夏ちゃん、あんパンの方が好きだって言ってましたよ」
と赤森が言い返した。名治子はというと、
 「……まあ、人の好みは気まぐれに変わるものです。時間の中を生きている証ですね」
といつも通りのらりくらりと話をいい方に進めた。
 「なんでもいいんですけど、深木くんたちとは結局これっきりなんですか? あんな大金渡して……私、こっちの主任からなんか言われないかずっとヒヤヒヤしてるんですよ」
赤森は困った顔をしながら言った。
 「とんでもない。治験のデータは臨床研究部の方に行っていますからね。謝礼もきちんとわたくしがそちらの部署に話を通して額を上乗せしたのですよ。今後、本人だけでなくかれの兄妹のデータも手に入る可能性がありますから、これほど貴重なデータに対する対価としては破格の金額です」
と、名治子は相変わらず表情一つ変えず言い放つ。
 「ひぃー、そういうことですか……じゃあ前金ってことですか? あえて大きな額を渡して、次の治験の誘いを断れなくするっていう……」
赤森は苦虫を噛み潰したような顔をして名治子に問いかけた。
 「前金ではありません。新たに検査をした際には、今回ほどではないにせよ相応の報酬をお渡ししますし、検査費用もこちらで負担します。必要なら治療も行う、と臨床研究部と話をつけています。それにこちらからお誘いせずとも、誰しも生きていれば必ず病院のお世話になるでしょうから……貴重なデータを長きにわたってモニタリングできるのですよ。しかも4人も。大ケガをした甲斐があったというものです」
名治子は懲りていない様子だった。
 「ケガは、本来しなくて済んだはずなんですけどね。もうあんなこと、次は協力しないですよ。真夏ちゃんが来てなかったらどんなことになっていたか……」
赤森はあきれた様子で釘を刺した。
 「ええ……その点に関してはご心配なく。わたくしとしてもむしろ、今後は逆に臨床研究部を牽制していかなければなりませんね。嗚呼、そのためにも本来のわたくしの研究で成果を挙げなくてはいけないのですが……」
名治子はそう言うと今日初めて浮かない表情をした。
 「そうですよ、Nuj計画はどうなるんですか。結局深木くんにVRを体験させられなかったですよね」
赤森は尋ねた。
 「はい。ですがそれは……実は、むしろ良かったかもしれないと思っています。ほら、あなたの話では……クトゥルフはバーチャルYoutuberに扮していたことがあったんですよね? それに、わたくしが体験したときも……邪悪なものたちはVR空間と現実の両方に干渉してきていました。ですから、深木くんを無闇にVR空間に連れて行ってしまうと……何らかの”呼び水”として作用してしまう可能性も否めないと後から思ったのです。ですから彼が万が一、この研究にもう一度関わりたいと願い出たときは……何か安全策を考えておかなければなりません」
名治子は目を瞑り、難しい顔をしながら話した。
 「あー、確かに……あとそれはそれとして、たしか先生が当初気になってたのは深木くんの体が変質したときの精神状態の変化でしたよね。それの聞き取りは……」
赤森がそう言うと名治子は少し渋い顔をし、
 「はい。それなんですが……結局、彼の体が変質している間は自我を失っているということが実際に確認できただけで、それ以上のことは何も……」
と話した。それを聞いて
 「それはその……要するに、運よく地雷を踏まずに済んだだけで、今回なんにも計画は進展しなかったってこと……ですよね?」
と、赤森はやや遠慮がちに尋ねたが、それは少々あんまりな現実でもあった。
 「はぁ……そうなのです。とはいえ、計画自体に日々何の進捗もないわけではありません。わたくしがこうして病床にいる間にも、VR空間に複製したわたくしがアバターと人格の研究を進めています。いっそ、当分Nuj計画の進行はそちらに任せるのも悪くはない選択です。問題ありません。今回はあくまでも新しいサンプルの獲得ができればラッキー、というくらいの心づもりだったので」
名治子は少し残念そうにしながらも、こうなっては仕方あるまい、という様子だった。
 「もう真夏ちゃんに体験させるとか、どうですか? 子どもだし」
赤森が言うと、
 「それも考えはしましたが……なかなかどうして、実験に身内は巻き込みたくないと思ってしまうのですよね。こればかりはひどいエゴだと嘲っていただいて構いません。ただ……」
名治子は顎に手を当てて何か考え始めた。
 「先生、大概ですよねぇ。前から思ってはいましたけど……で、ただ、何です?」
赤森は尋ねた。

 時は少し遡る。名治子は業務用のスマートフォンの画面に向かって何かを喋っていた。
 「Najiko、あなたに尋ねたいのですが」
画面の中には、仮想空間に立つ若い名治子の姿があった。
 「はい、なんでしょう」
彼女は答える。
 「昨日、わたくしの研究室に不明な入室ログがありました。何か知りませんか?」
 「わかりません。昨日のエピソードデータは記憶されていません」
 「……では、Morphee Gearは何か異常を検出しましたか?」
 「いいえ。ログには不正なアクセスや物理的な接触の痕跡は残されていません」
 「そうですか。ところで、格納されていた物理ディスクが1つなくなっている件については何わかりましたか?」
 「いいえ。今日の業務開始時にご報告した後、全てのログを洗い出しましたがディスクに記録と排出を行った形跡は見つかりませんでした」
 「……わかりました。もう結構です。通常業務に戻ってください」

名治子はそのやり取りを思い出していた。
 「いえ、何でもありません。ただ将来は、真夏ちゃんにも安全にVRを体験して楽しんでもらえればと思っただけです」
彼女はそう、いつも通りの不敵な笑みを浮かべながら答えるのだった。

 「はぁ、片付けって面倒だなー」
真夏は家に帰ってから数日、結局ろくに部屋を片付けようとしなかったが、奈治男が休みの日に彼女に散々掃除を促したので真夏は観念して渋々部屋を片付けていた。片付けの最中、彼女はふと机の上に置いたままにしていたポーチを手に取った。
 「まずは使ったものからしまわないとね……あれ? これって」
真夏はポーチの中から、スケルトンのケースに格納されたディスクを取り出した。
 「あー、持ってきちゃったんだこれ……使いようがないんだけどなぁ。でもあっちの名治子からのせっかくの贈り物だし……大事にしまっておかなくちゃ」
彼女は机の鍵のかかる引き出しに、そっとディスクを入れて鍵をかけた。
 「あっちの名治子もこうやって、大事に私のデータを持っててくれてるんだよね……いつか会えるかなー、私ちゃん2号に」
Nuj計画は、今も進んでいる。ただしその果てにどんなものが生まれるのか、それをはっきりとイメージできているのは、あの日、あのときの名治子AI以外に、この世には誰もいない。一人の研究者の思惑に巻き込まれた各々の運命の歯車は、一時は外れ落ちそうになりながらも、今や元通りに回り始めている。ただし……そこに1つだけ、余るはずのない歯車が落ちていて、いつか拾われるのを待っていることだけは、誰が知る由もないのであった──

おわり

「Nuj計画」 第13幕

 赤森と真夏はまた社食にやってきた。昼食を食べに来たのだ。昨夕よりは人がいたが、元々周りに何もない立地に鑑みて、泊まりの仕事をする職員や弁当を持って来られない職員のためにやむなく構えた食堂だ。ガラガラであることには変わりなかった。
 「ねぇ、ご飯代まとめて先生に請求してもいい?」
赤森が言うと、
 「いいよー」
と、メニューを見ながら真夏は当たり前のように言った。お腹が空いていたからか、目移りして仕方ない様子だった。
 「そんなに熱心に眺めても、どれもそんなに美味しくはないけど……あみだくじでもして決める? 今日のメニュー」
赤森が頬杖を突きながら言うと、真夏は
 「そんなことあみだくじで決めてる人見たことないんだけど……冷凍じゃないのはどれ?」
と真剣な様子だった。
 「うーん、そうねぇ……そのえびとじ丼とかはどう?」
赤森が適当に指さして提案すると
 「美味しそう!!! じゃ、私それね」
とウキウキしながら言った。赤森はすっかり元通りの元気な様子になった真夏を見て嬉しく思ったが、正直疲れていたので、いいなぁ子供は……と言いたいのをぐっとこらえていた。

 「それで、今日はこれからどうするつもりなの?」
赤森はやっぱり冷食だったかも知れない海老フライを頬張りながら尋ねた。彼女も真夏と同じえびとじ丼を頼んでいた。
 「私は帰るよ。もんちゃんのことも気になるけど、さすがに2泊するのもアレだし」
と真夏は常識人ぶったような言い方をしていたが、
 「あなた前におじさんのところから3日もどっか行って帰らなかったことあるんでしょ。もう何泊かするとか言い出すかと思ったわ」
赤森はため息をつきながら言った。
 「名治子から聞いたの? まあ、あの時はホントにおじさんのこと心配させちゃったから……そろそろ帰ってあげないと寂しがるかなってね」
真夏は名残惜しいが仕方がない、とでも言いたげだった。
 「ほーんといいご身分だわ……まあ、あなたが来なかったら、私じゃ先生の研究に意見できなかったと思うから結果オーライなんでしょうけどね。たまには子供のお守りをするのも楽しかったし」
赤森もまた名残惜しそうな様子だった。
 「珠子には元々会えるかどうか考えてなかったんだけど、めちゃくちゃお世話になっちゃった。そこはちゃんと感謝してるから……ありがとね。今度家に遊びに来なよ。おじさんもきっと喜ぶよ」
と真夏はニコニコしながら言ったが、
 「私をじわじわと那次家に取り込もうとしてない……? まあ、あなたのお世話はしっかりやったつもりだから、おじさんにはよろしく言っといて。あ、先生が大ケガしたことは話しちゃダメよ。心配するから」
と赤森はやんわりお断りしつつ釘を刺した。真夏は、
 「うん。名治子もおじさんに心配かけたくないだろうし……あ、私もう1回名治子のとこに行かなきゃ。名治子も帰る前に私の顔見ておきたいだろうし、帰りの車を手配してもらわなくちゃ」
と言って、えびとじ丼をかきこんだ。赤森はやれやれ、というポーズをしていた。

 「おや、誰ですか? あいにく、今わたくしはこの有様でしてね」
横になってあっちを向いた名治子が言う。ところかわってここは名治子の病室。彼女は誰かが病室に入ってきたことは音でわかったが、すぐには振り返れない様子だった。
 「私だよ、私」
真夏の声だ。
 「その言い方は詐欺の手口ですよ。今そっちを向きますから……よっこらしょ。うっ……」
名治子はベッドのへりを掴みながらゆっくりと体位を変えていた。
 「ねえ、やっぱり結構重傷なんじゃないの……?」
真夏はその様子に再び心配になってきた。
 「まあ、多少強がったのは否めませんが、わたくしの体はいずれ良くなりますから……」
名治子はようやく振り返って言った。
 「早く良くなってね。私が帰ったら寂しいだろうけど……」
真夏がそう言うと、
 「そうですね、わたくしが寂しくて泣きだす前に深木くんと一緒に帰るといいでしょう」
と名治子は苦笑いしながら言った。
 「あれ? もんちゃんは今日帰れるの?」
真夏は尋ねた。
 「わたくしと違って彼は急速に回復しているようで、先ほど立って歩けるようになったと連絡が入りました。夕方には帰りの車を手配しますから、それに乗って行ってください」
名治子が言うと、
 「ホント? よかった……もんちゃん、元気になったんだね。……ていうか私、気になってたんだけどさ。名治子はどうしてそんなに研究を急いでたの?」
と真夏は尋ねた。彼女はなんとなく名治子の様子が変だという直感を信じてここに来たのだが、その理由は結局判然としていなかった。
 「さあ、それは今となってはわたくしにもわかりません。ある意味では……一種の狂気に憑りつかれていたとも言えるかもしれませんが、何かのせいにするような話でもなく……ただ……」
名治子はそこまで言うと、その先を口にすべきかためらっているように見えた。
 「何? 言いたいことは言っちゃった方がいいよ!」
と真夏に促され、名治子は静かに語った。
 「わたくしは、恐れていたのだと思います。赤森さんやわたくしが体験したことは、決して奇妙なだけの体験ではありません。もっと、根源的な部分での恐怖……人類が決して知るべきではないものの片鱗を味わったのです。わたくしはMorphee Gear……いえ、Nuj計画に、そんな恐怖からの逃避と解放を求めていたのでしょう。あまりにも淡く儚い期待ではあったかもしれませんがね……。そして真夏ちゃん……あなたにだから敢えて尋ねます。もし、この世が真の地獄だと知ってしまったら……それが覆せない事実だと認識してしまったら。あなたはこの世を正気で生き抜く自信はありますか?」
真夏はそれを聞いてしばし考えこみ、色々なことに思いを巡らせた。つまらない学校、身勝手な大人、わがままな自分、顔も知らない両親、不条理に翻弄される友人、この世ならざる楽園、家族と生活を人質に取る会社……そしてこの世のどこかに潜む巨大な邪悪。しかし、それでも。
 「みんながいれば、私は生きていけるよ」
彼女はそう答えた。
 「……ありがとう、真夏ちゃん。それならばわたくしもしっかり反省して、元気に長生きしなくてはいけませんね」
名治子は心からの感謝と笑みを真夏に向けた。

 真夏は夕方まで部屋でのんびりして過ごし、深木のところにはあえて行かなかった。自分が行くと休まらないと思ったからだ。赤森は休みだったが真夏に付き合って部屋で一緒にだらだらと過ごしてくれていた。そして、夕方になると真夏は赤森に送られて施設の玄関にやってきた。
 「深木くんを連れてくるから、そこで待っててね」
赤森はそう言うと、エレベーターに乗って深木を迎えに行った。まもなく彼も玄関に送られてきた。
 「もんちゃん、お疲れ様。すっかり元気になった?」
真夏が歩いてきた深木に尋ねた。
 「ああ、まあね。ちょっと色々と大変だったけど、いつもの生活に戻らなくちゃ」
深木は答えた。それから、廊下の方から昨日とは違う運転手の男がやって来て2人を外に案内し、車を取りに行った。赤森も一緒に見送りに外に出てきた。
 「あれ、珠子が運転してくれるんじゃないの?」
真夏は尋ねた。すると珠子は駐車場の方を指さした。
 「私が運転すると、ああなるから……車、しばらく乗せてもらえないんだよね」
珠子の指さす先には、数台並んだ中で1つだけ前方のバンパーがひしゃげた白い車があった。
 「あ、あれ珠子のせいだったんだ……じゃあ、見送ってくれるだけでいいよ……ありがとね」
と真夏もさすがに苦笑いした。


 「深木くん、忘れ物はない?」
赤森は来た時には背負っていなかったリュックを背負って白い車に乗り込もうとする深木に話しかけた。
 「うん。ちょっと怖いけど……家の近くまで、送ってくれるんだよね?」
深木は答えた。
 「ええ。絶対外で開けたりしちゃダメよ」
赤森がそう答えると、深木は静かにうなずいて、車の後部座席に乗り込んだ。反対側の席にはもう真夏が座ってシートベルトをし終っている。
 「2人とも、元気でね。さよなら!」
赤森が手を振ると、深木は頭を下げ、
 「珠子も元気でね! 名治子によろしくね~」
と真夏は手を振った。そしてドアが閉められ、車が発進する。赤森はしばらくその後姿に手を振っていた。
 「はぁー、やっと帰れるねー。えへへ、私帰る前に名治子のところに行ったらお小遣いもらっちゃった。1000円もくれたんだよ。ご飯代もツケてるのに……あ、もんちゃんはいくらくらいもらったの? お詫びにちょっと足してもらったんでしょ? 5000円とか……足した分と合わせて、1万円くらいいっちゃってたりする……!?」
真夏は気になって仕方がない様子で深木に詰め寄った。深木は、
 「はは、そ、そうだね、その……よかったね、お小遣い貰えてさ。帰りになんか、ラーメンでも食べて行ったらいいんじゃない?」
とはぐらかそうとしたが、真夏はごまかされなかった。
 「ちょっとー、私の分はいいの! あんなにお金の話してたんだから、教えてくれたっていいでしょー。名治子の誠意ってやつが気になって仕方ないんだから」
真夏が言うと、深木は前にしっかりと抱えたリュックに少し目を遣って挙動不審になった。やがて真夏の圧に耐え切れず、ついに口を開いたがそれでもなお、
 「その、そうだな、具体的には、ひゃ……ひゃ……」
とまごついていた。すると、
 「何? 100円? そんなわけないよね!?」
と真夏が今にも憤慨しそうな声を出したので、ついに深木は白状した。 
 「違う違う、いいかい? 大きな声を出さないでよ? ……もらった封筒は分厚くてさ……よく確かめてって言われたから中身を見たら……その……全部で百万円あったんだ」
深木は辛うじて真夏にだけ聞こえるよう限界まで声を殺して静かに言ったのだが、真夏は昨日から今日にかけて一番の声量で
 「えぇーーーーーーーーー!!??!?!?!??!?」
と絶叫して椅子にもたれかかり卒倒しかけていた。

「Nuj計画」 第12幕

 それから3人は名治子を残して病室を出て行った。また搬入用のエレベーターに乗り、3階へと戻る。
 「あのさ……もんちゃん」
真夏が話し始める。深木は真夏の方を向いた。
 「名治子のこと、許してあげてくれて……ありがとね」
真夏がなんだか申し訳なさそうに言うと、
 「別に。許さないって言ってもっとお金貰うことにしてもよかったんだけど」
と深木は皮肉な笑みを浮かべて言った。
 「もう、みんなお金のことばっかり言ってる!」
と真夏は怒ったが、半分苦笑いしていた。深木としては、赤森がすぐそこにいるところで、彼女らが深木を許してくれたから自分も……ともう一度説明するのはなんだか恥ずかしいのでそんなことを言っていたのだった。
 「真夏ちゃん、悪いけど先に部屋に戻っててくれる? 私、深木くんを病室に戻してうまいことこの空白の時間をごまかさないといけないから……」
3階に着いたエレベーターから降りて赤森は言った。それを聞いて真夏は
 「オッケー! じゃ、またね。もんちゃんも元気になったら部屋に遊びに来てよね」
と言ったが、深木は唖然として
 「いや、いつまでいる気なんだよ……僕は自分で歩けるようになったら帰るつもりなんだけど」
と答えた。

 真夏はまた一人で304号休憩室に帰ってきた。赤森を待っている間に何をしようかと考えながら扉を開けて和室に入っていくと、部屋の隅に何か見覚えのない影が見えた。目を向けると、そこには見慣れた1匹の小さな黒猫がいた。
 「あ! あれ? なんでこんなところに……?」
真夏は黒猫の近くに歩いていきしゃがんだ。いつもなら黒猫は寄ってくるのだが、今日は真夏の顔を見ながら上品に座ったままでいたので、真夏が違和感を覚えていると、黒猫が口を開いた。
 「無事に済んだようですね」
黒猫は鈴を転がしたような綺麗な声でそうしゃべった。
 「え……もしかして、猫の神様?」
真夏が尋ねると、
 「左様です。あなたに魔力を渡した手前、事の成り行きをこの目……いえ、貴女の目を通じて見守りたくそのようにしてきましたが、そろそろ一時的に通じていたパスがなくなりそうなので、最後にこうして挨拶に来たのです」
と黒猫はリラックスした姿勢になって話した。その声はバーストのものだった。
 「それは、えーと……そうだ、栄誉。栄誉です。ホントにありがとうございました。神様のおかげで、私はケガをしなくて済んだんですけど……」
真夏は感謝とは裏腹に複雑な気持ちがあった。今は急激に良くなっているように見えるが、あのとき苛烈な魔法で深木の体に大きなダメージを与えてしまったかもしれないことがまだ気がかりだった。
 「貴女が殴りつけた彼のことなら、心配することはありません。気づいているでしょうが、私は単に魔力を渡したのではなく、魔法を知らない貴女の力になるよう、意図して2つの呪文の効力を込めていました。1つは彼を苦しめた呪文です。あの呪文を受けた彼は想像を絶する苦しみとともに体が破壊されることになりますが……それは一時的なものです。呪文の効果が切れれば最後には貴女が殴った分の負傷しか残らないでしょう。それともう1つは……貴女に説明するのは難しいのですが、要するに邪悪なものを封じ込めてしまう印です。それで彼の潜在意識に眠る邪悪を抑えたのです」
バーストはそう説明した。真夏はそれを真剣に聞いて、ようやく心底安心することができた。
 「はぁー、よかったぁ……けど、それなら……」
と真夏が言いかけると、
 「最初から教えてほしかった……と言いたいところでしょうね。しかし貴女なら恐らく、一時的であれ彼を苦しめるような魔法を使うのはためらってしまうでしょう?」
バーストは先回りしてそう付け加えた。
 「あー、それはたしかに……でもよかった。みんな助かったし……もんちゃんの体質も抑えられたみたいだし、それもこれも神様のおかげです!」
と真夏はバーストを讃えたが、バーストはというと
 「そうですね……我が信徒を失望させるのは不本意ですが、いずれにせよその効果は一時的なものです。もとより私の領分ではない上、彼の本質そのものを変えることはできませんので」
と、本当のことを伝えてきた。
 「そっか……神様でもそう簡単には……」
真夏は少し残念そうな様子を隠しきれなかった。
 「ええ。例えるなら、ヒトが猫になれないのと一緒のことです」
 「けど神様、私のこと猫みたいに思ってるんじゃなかったでしたっけ」
 「左様です。ですがそれは、貴女が何であるかではなく、どのように生きるかを選んだ結果です。であれば彼も……自身が望むならヒトとして生きていくことができるでしょう」
2人がそんな会話をしていると、黒猫の体が青白く光り始めた。
 「おや、そろそろのようですね。それでは、いずれまた」
バーストの言葉に真夏は深々と頭を下げ、
 「神様、ありがとうございました」
と感謝を述べた。そうしているときに、後ろの方でドアが開く音がした。
 「ふぅ、なんとかなったわ。そろそろお昼でも食べに……ん? 何してるの?」
部屋に入ってきた赤森が、一人で頭を下げている真夏に向かって話しかけてきた。真夏はそっと顔を上げたが、そのときにはもう黒猫はいなくなっており、そこには畳以外何もなかった。
 「へへ、なんでもないよ」
真夏はそう言いながら振り返り、笑顔を見せるのだった。

「Nuj計画」 第11幕

 「もしもし、珠子?」
真夏はすぐに電話に出た。
 「真夏ちゃんね? 深木くんなんだけど、だいぶ容態が安定してきたみたい。鎮静剤が効いて今も意識がない状態ではいるんだけど、さっきまで手の施しようもなかった症状が急におさまってきて……体も、さっきよりは人間の姿に戻ってきてるわ」
と赤森は嬉しそうに話した。
 「ホント!? よかった……じゃあ、ちょっと名治子に代わるね」
真夏はそう言ってスマホを名治子に渡そうとしたが、そのとき
 「え、ウソ、ちょっと待って、ま、またかけるから!」
と言って電話が切れた。
 「あれ? えっと……もんちゃん、ちょっとよくなってきたみたい……だけど、電話切れちゃった。私、様子を」
真夏がそこまで言うと名治子は右手を上げて真夏を静止した。そして
 「大丈夫ですよ。ここでもう少しお話していましょう」
と言った。
 「で、でも……珠子のことも心配じゃない?」
真夏が不安そうにそう話すと、
 「赤森さんも大丈夫でしょう。彼女、”魔術”が使えるそうですから。フフ……それにわたくしを一人にしないでください。寂しいでしょう?」
と名治子は冗談めかして言った。
 「私、名治子が何考えてるか全然わかんない。だから心配になったんだけどさ」
真夏が怪訝な表情でそう言うと、
 「そうですね……わたくしも真夏ちゃんの……いえ、他人全てが考えていることの一切は分かりませんよ。心理学をどれだけ専門に学んでいてもです。けれどだからこそ、答え合わせは大事なのです。ここは静かでいい……わたくしにはもう覚悟ができています」
と、名治子は部屋の入口の方を眺めながら話した。
 「覚悟って?」
真夏が尋ねると、名治子は少し目を伏せて、
 「じきにわかるでしょう」
とだけ答えた。
 「まさか……」
真夏がそう呟くと、名治子はまた静かに微笑んで
 「ええ。静かに待っていようではありませんか」
と言うのだった。そうしてその言葉通り少し待っていると、真夏は誰も通らないはずの廊下の方から足音が聞こえてくるのを感じた。気になって廊下に出ていくと、そこにはこちらに向かってくる赤森の姿があった。
 「来ちゃったわ」
駆け寄ってくる真夏に向かい、赤森は言う。そして、向かって来たのは赤森だけではなかった。彼女は車いすを押している。そこにはパーカーのフードを深くかぶったままうなだれている少年の姿があった。
 「もんちゃん!」
真夏はそばに駆け寄ると、彼の肩を勢いよく掴んで揺すりながら、心配そうに
 「大丈夫なの!? 痛くない? お腹とか……」
と尋ねた。すると深木は困惑した様子だったが、
 「お、おいおい、痛いかって、全身痛いんだから乱暴に揺すらないでくれよ……それに腹は別に……食あたりじゃないんだから」
と、少し枯れたような声で答えた。
 「だって、私、もんちゃんが死んじゃうと思って……」
と真夏が目に涙を浮かべて急にしおらしくなったので、深木はもっと困惑して
 「な、なんなんだよ、大げさだな……僕、そんなに派手に拘束されてたのか?」
と、逆に真夏の方を気遣うようにして言った。真夏は何かがおかしいと思い、チラッと赤森の顔を見たが赤森はスッと目を逸らす。赤森は深木が自我を失っている間に暴れていたことは教えたが、彼がどうやって無力化されたかは具体的に聞かせていなかった。真夏はそれを察したが、あれだけ悶絶していた彼が急激に回復した理由は不明のままだ。
 「それより、そこの病室に先生がいるんだろ。会わせてくれよ」
深木は神妙な面持ちでそう頼んだ。真夏は頷いてそっと病室に2人を案内する。
 「やはり来ましたか。これで役者は揃ったというところですね」
名治子は、2人を引き連れて部屋に戻ってきた真夏、そして車いすを押す赤森、そこに腰かけた深木に順番に目をやってそう言った。
 「深木くん、さっき電話してるときに急に意識を取り戻して……」
赤森が言うと、
 「ああ。夢から醒めたら、病室にね……僕は、先生と話していた途中からさっき目を覚ますまでの記憶が、ほとんどないんだ。……簡単に聞いたよ、赤森さんから。ごめんなさい、本当に……」
深木はゆっくりとそう話して、少し頭を下げた。すると名治子はふぅ、と息をついて、
 「ですが、どうでしょう。わたくしのこの傷を見て、本当に言いたいことはそれだけですか?」
名治子は病衣の前を少し開けた。さらしのように巻かれた包帯には、痛々しく血がにじんでいる。それを見て赤森も真夏もいたたまれない表情をしたが、深木は違った。彼はかぶっていたフードを取って、名治子を睨みつけて言った。その顔は、まだ皮膚に一部深い青の部分があったが元々の人間の顔にほとんど戻っていた。
 「もちろん、それだけじゃない。一つだけ言うとすれば、”ざまあみろ”ってところだね」
真夏はそれを聞いて目を見開き、
 「もんちゃん!!」
と大きな声を出したが、名治子がまた右手を上げて彼女を静止した。
 「いいえ、それでいいのです。むしろ、そうでなければなりません。……赤森さんから聞きましたね? 昨日の脳波検査のとき……あなたが発作を起こすように細工をしていたことも」
名治子は静かに話した。真夏は驚愕の表情のまま名治子に目をやった。赤森は今にも「あちゃー」と声に出しそうな顔をしている。話したのだ。もう隠し立てできる要素は何もない。
 「ああ。けど……だからって、僕は人にケガをさせたかったわけじゃない。申し訳ないと思っているのは本当なんだ。そもそも、僕は先生が憎くて暴力を振るったわけじゃないと思う。けど……」
深木がそこまで言って少し言い淀むと、
 「結果的には、恨みを晴らす形になった……といったところでしょうか。わたくしはその結果には一切の反感を抱いていません。わたくしが傷を負ったことも、多少それであなたの気が晴れるということも……至極当然のことです。むしろわたくしは、命を奪われたとしても文句を言える立場ではなかったでしょう。それを踏まえた上で……全て認めます。わたくしは、あなたのことを赤森さんから聞いてから、あなたを陥れた上でいずれはNuj計画の”被験者”の一人とする心づもりでいました。そして、そのために脳波検査の際にあなたに強いストレスがかかるよう意図的に仕向けて発作を誘発した。本当にこれこそ、謝ったところで許しを乞えるような話ではありませんが……申し訳ありませんでした。これはすべてわたくしの悪意の結果です」
名治子はそう言って深々と頭を下げた。深木はしばしその様子を眺めており、他の誰も何も言うことはなかったが、やがて深木が口を開いた。
 「そうだね……でも、僕は許すよ。頭を上げて」
それを聞いて名治子は顔を上げたが、唖然として、その顔からはいつもの余裕ぶった笑みは消えていた。
 「さっきも言ったけどさ。僕はもう、暴力で恨みを晴らそうなんて思わない。それに、僕の方も初めから何もかもすっかり騙されていたわけじゃないし……最初から怪しいことは承知でここに来てたんだ。だから、何があっても驚かないつもりではいたよ。それに過程がどうであれ、先生の研究は今でも魅力的に思える。僕は、発作を起こすように細工なんてされなくたって、どのみちいつか自分を抑えられなくなることは分かってるんだ。だからさ、自分がどうなろうと、研究に参加するのもやぶさかじゃなかった。けど……昨日、真夏ちゃんと話して、やっぱり考え直したっていうか……」
深木はそう言うとまた少し言い淀んでじっと何かを考え始めた。そして、名治子が何も言わず待っていたのでやがて再び口を開いた。
 「この話は、途中だったよね。僕は……いずれ滅びることが決まっていたとしても、今は家族を差し置いていなくなることはできない。兄妹みんな、僕が帰ってくるのを待ってるんだ。僕と家族は一蓮托生。どんな未来も、みんなで受け入れたい……」
深木はそういうと、少し自嘲気味な笑みを浮かべた。名治子はそれを聞いて、目から一筋の涙を流していた。
 「ああ、本当に……わたくしは許されない罪を犯したのですね。あなた方の家族の絆……危うくこの手で壊してしまうところだったかも知れません。ですが……あなたが許すと言ってくれた以上、その恩に報いるのが年長者の役目というもの。せめて治験の謝礼には色をつけさせてください。少しは役に立つでしょう」
名治子は涙を拭いてそう言ったが、真夏は随分と怪訝な顔をして
 「えー、お金で解決する気なの!? 今お金の話するとこじゃないよね!? 汚いよ、大人汚い!!」
と騒ぎ立てた。
 「え!? いやいや、いいんだよ、真夏ちゃん……僕、もらえるものはもらいたいし……」
深木がやや遠慮がちにそう言うと、
 「真夏ちゃん。これは必要な贖いなのですよ。あなたも深木くんにおいしいものを食べてもらいたいでしょう?」
と名治子が言いくるめに入った。
 「う……うぅ、それはそうだけどさ……よ、よかったね、もんちゃん。いっぱいもらってね……」
と、真夏はやや納得がいかないようなそうでもないような歯切れの悪いことを言った。
 「あ、それはそうと……きっと先生、深木くんが見たおかしな夢のこと聞きたいと思うんだけど、よければ教えてくれない?」
と、赤森が自然な流れで話を切り替えた。すると深木もハッとして、
 「ああ、そうだそうだ。夢ね……先生があの名前……”クトゥルフ”のことに言及したときのことだ」
深木がそこまで言うと、名治子はただでさえ顔色が悪いのに血相を変え、
 「あ! その名前は……」
と慌てたが、
 「今は平気だよ。でも、あの時は……その名前を聞いて意識が暗転した。時折見るんだ、あの夢……明らかにこう、物理的に違和感以外のものを感じないような、奇妙な石の塊が、いくつも積み重なってできたいびつな都市? みたいなものがさ、暗い暗い海の底からせりあがってくる……僕はその様を見て、ただ絶望しているんだ。それが完全に浮上したら……僕が本当に僕でなくなってしまう。そんな怖さを感じてた。今回こそ本当にそうなってしまうと思ってたんだ。けど……その建造物が、空を突き破ろうとしたときのことだった。僕は何かに突き飛ばされるようにして上空に吹っ飛ばされた。そんな夢はいままで見たことがなかったんだけど……それで、上空から……これもおかしな光景なんだけど、都市を押さえつけるようにして、巨大な五芒星のマークが降って来たんだ。真ん中に、燃える目みたいなマークがついてたっけ……それが、せり上がってきた都市を押し戻している様を、僕は遠くに飛ばされながら見ていた。それから、夢の中なのに僕はまた意識が飛んでしまったんだけど……気づいたら夕暮れ時の、あの海岸にいた。赤森さんと会った日の、あの海岸に。で、あのときの出来事を思い出していたら……その後目が覚めたんだ」
深木は静かにそう語った。名治子はとても真剣な表情でそれを聞いていたし、真夏は深木が夢の中で突き飛ばされたのは現実で自分がパンチをお見舞いしたからかもしれない、と感じていた。
 「そうだ、あの海岸……僕はあそこで、自分の過ちを後悔して、それで……赤森さんたちに許してもらったんだったよね。あのとき赤森さんたちには、なんだったっけ? 運転の初心者? がそうであるように、誰しも間違えることがあるからって、そんなことを言われた気がするな。だから、僕はここに来るまでにそのことを思い出しながら……自分も人の過ちを許してみようって思ったんだ。この話はそれだけの話。それでいいよね?」
深木はそう続けた。赤森はそのときのことを思い出し、何やら安堵したようだった。それを見て名治子は、
 「みんな……お互いに大事なことを教え合ってきたようですね。わたくしも、心理の徒としても……一人の人間としても、深く心に刻んでおきたいと思います。深木くん、本当にありがとうございます」
と話し、深く頭を下げた。深木は少し笑みを浮かべ、
 「なんでもいいけど、少し疲れたから帰るまでもう少し休ませてよね」
とだけ答えた。

「Nuj計画」 第10幕

 「真夏ちゃん、いる?」
そう言って入ってきたのは赤森だった。真夏が部屋に戻ってきてからは1時間ほど経過していた。入室するとすぐに、真夏が返事をするまでもなく和室の入り口で人形のように力なく座って死んだ目をしている真夏の姿が目に入った。
 「え……ちょっと、だ、大丈夫??」
赤森は困惑して真夏に駆け寄った。
 「ケガしたの? どこか痛む?」
しゃがんで目線の高さを合わせてきた赤森に尋ねられ、真夏は静かに首を振った。
 「じゃあ、あれから何かあったの? 誰か来たりした?」
さらにそう尋ねられ、真夏は再び首を横に振る。
 「じゃあずっと落ち込んでたのね……あなたのことだからてっきりもう、勝手にどこかに飛び出して行っちゃってるかと思ってたんだけど」
赤森がそう言うと、真夏は少しうつむいて唇を噛み締め、ぎゅっと赤森の服を掴んだ。その手は少し震えており、涙も枯れたかと思われた真夏の目からふと一滴の涙がぽとっと零れ落ちた。すっかり弱ってしまった真夏のことを流石に気の毒に思い、赤森は優しく頭を撫でた後、
 「ほら、お腹すいたんじゃない? 結局朝何も食べられなかったし……そう思って売店でパン買ってきたのよ。ほら、メロンパン好きでしょ、メロンパン」
と、つとめて笑顔で話しかけた。真夏は、蚊の鳴くような声で
 「あんパンの方が好き」
と答えた。

 その後二人はとりあえず布団をしまい、部屋の真ん中の机のところまで移動して赤森が買ってきたパンを食べ始めた。赤森はポットにも水を入れてはみたが、沸くまでに少しかかりそうだった。
 「食欲があってよかった。めちゃメロンパン食べてるじゃない……」
赤森がそう言うと、クリームが入ったちょっといいメロンパンを頬張りながら真夏は恥ずかしそうに
 「うん、お腹は空いてたから……」
と答えた。赤森は少し安心して、
 「よかった。あなたが元気になってくれないと、私も参っちゃうでしょ」
と、自分も真夏が見向きもしなかったちくわの入ったパンにかじりついた。
 「ごめんね……私のせいで、みんなめちゃくちゃになっちゃったんだ……」
真夏はそう言うとまた泣きそうになっていた。
 「そっか、なんでそんなに落ち込んでるのかと思ったら……でもどうして自分のせいだと思うの? なんていうか、真夏ちゃんが来たから悪い結果になったんだとは限らないと思わない?」
と赤森は尋ねた。それは諭したり慰めたりというよりは、彼女の純粋な疑問であった。
 「どうして? 実際にこんなひどい結果になってるでしょ……?」
真夏は聞き返した。
 「それが、実は先生はね、出血は結構してたけど傷は大したことなくて……応急処置はあのとき駆けつけた人たちに任せてたけど、その後私が手伝った処置が珍しく……いや、いつも通り上手くいってね。今はもう普通にお話できると思うわ。でももしあのとき、私達が駆けつけなかったら……本当に殺されてたかもしれないのよ?」
赤森がそう話すと真夏は少しだけ安心したのか、ほっと息をついて力が抜けたようだった。
 「それは、よかったけどさ……でも、私が昨日もんちゃんと会わなければ、きっとこんなことには……」
真夏がそう言ってまた少しうつむくと、
 「神はサイコロを振らない、なんてよく言うけど……「選ばれなかった方の未来は誰も観測できない」って、いつも先生が言ってるの、知ってる?」
と赤森は尋ねてきた。真夏は赤森の話がピンと来なかったようで首をかしげていた。
 「つまり、真夏ちゃんが来なかったり、深木くんと会わなかったりした結果今どうなってるかは誰にもわかんないってこと。もしかしたら、その場合今何も起きてないかも知れないし、もっと酷いことになってたかもしれないし……それは誰も、見たり確かめたりはできないのよ」
赤森がそう説明すると、真夏は何か考えるように黙り込んだ。
 「そもそも、真夏ちゃんはまだここに来た本来の目的を果たしてないんじゃない? 先生に会いに来たんでしょ」
赤森がそう続けると、真夏はパンの最後のひとかけを飲み込み、少し神妙な表情になった。
 「私……名治子のところに行く」
真夏はそう言ってスッと立ち上がった。
 「……うん。じゃあ教えとくね。先生は1階の処置室で治療した後、近くの病室で休んでるわ。一応、他の職員には知られないようにしてるから……搬出用のエレベーターで行ってみて。ほとんど誰にも会わずに済むわ」
赤森がそう教えている間に、真夏は部屋に置きっぱなしにしていたネコ耳つきのヘッドホンを首にかけていた。
 「それで、もんちゃんの方は……どうなったの?」
真夏は恐る恐る尋ねた。
 「私、ずっと先生の方についてたからまだ何も……これから見に行ってみるわ。何かわかったら、連絡するから……」
と、赤森も再び出ていく支度を始めた。

 不思議なことに、始業時間になってからのINCTはとても静かだ。各々が持ち場に籠っているからなのか、何か特殊な防音措置がされているからなのかはわからない。だが、真夏はこの静かさが好きだった。彼女は耳が良く、ネコ耳つきのヘッドホンをつけているのは、いつも音楽を聴いているからではなくイヤーマフ代わりにして騒音を緩和しているからだった。ほとんど無音のように思える、窓からの自然光に照らされた殺風景な白い廊下を歩きながら、真夏は首にかけていたヘッドホンをかぶった。そしてパーカーのポケットに手を突っ込んで、コンクリートの塀の上をバランスよく歩く猫のように、堂々と闊歩していく。その始まりから、電光石火のごとくひっかきまわしてきた物語を精算する時が近づいていた。

 搬出用のエレベーターとは、要するに遺体を搬出するためのエレベーターだ。搬出された先で関係ない人物と鉢合わせないようにフロアが設計されている。そりゃ誰にも会わずに済むだろう、と真夏は思っていたし、そんなところから病室に運ばれた名治子が少し不憫でもあった。エレベーターが1階で開くと、また殺風景な、少し光の入りにくい通路が広がっていた。少し歩くと近くの詰め所で事務仕事をしている職員が見えたが、かれらは足音を立てずに歩いていく真夏に目もくれなかったので真夏は本当に誰に会うこともなく付近の病室までたどり着いた。ここには一人しか入っていない。そっと中を覗き込むと、あっち側を向いて横になり、点滴に繋がれている名治子の姿があった。
 「名治子!」
真夏は部屋に入りながら声をかけた。名治子は少しうめきながら体を反対側に向け、ついに真夏の姿を見た。
 「真夏ちゃん……ああ、あの時廊下で見えたのは……白昼夢ではなかったんですね。ケガなどしていませんか?」
名治子はそう言うとまだ少し血色が悪い顔に穏やかな笑みを浮かべた。
 「うん、私は大丈夫だよ。……私が来てること、誰からも聞いてなかったの?」
と、真夏が尋ねると名治子は静かにうなずいた。
 「ええ、誰からも全く……けれど、これで少し疑問に思っていたことに説明がつきそうな気がしてきました。大方、わたくしに会いに深木くんと同じ車に乗ってきて、ここまですれ違っていたのでしょう」
名治子は少し嬉しそうだった。図星だった真夏はポリポリと顔をかきながら
 「まあ、そんなとこなんだけどさ……それはそうと、名治子こそケガは……珠子は大丈夫そうって言ってたけど、本当に平気なの?」
と、心配そうに名治子の顔を覗き込みながら尋ねた。
 「ええ……お恥ずかしい話ですが、わたくし自分の血を見るのがダメでしてね……ちょっとした出血でも気が遠くなってしまうんです。俗に言う、血管迷走神経反射というやつです」
名治子はいたって穏やかに説明した。真夏は「なんとか反射」のことはよくわからなかったがとにかく心配しすぎて損をしたかも知れない、とだけは思った。
 「深木くんと……お友達になったのですか」
名治子は尋ねてきた。不意に尋ねられて真夏は少し驚いたが、
 「うん。もんちゃんって呼ぶくらいの仲だよ。だから……ずっと心配してたんだ。初めは名治子に会うことだけが目的だったけど……色々あって、もんちゃんのことも気になってたの。その矢先に、こんなことに……」
と答え、少し表情を曇らせた。
 「……そうですか。これでまたなんとなく想像がつきました。わたくしの動向を探っているうちに、彼からわたくしの研究について聞いたのですね。昨日はもう一押しというところまでいっていた彼が急に今朝、Morphee Gear……あなたに以前聞かせた幻術マシーンを使った実験に参加することを渋り始めたので、何かがあったのだとは思っていましたが……きっとあなたが彼の心を動かしたのでしょう」
名治子は全く口惜しい様子は見せず、穏やかな笑みを浮かべたまま真夏に語った。
 「どうして笑ってるの? 私はさ、名治子にこんなことになって欲しくなかったんだよ……なにか研究を急いでるような、妙な感じがしたからさ……悪いことと、無茶はしないでねって直接伝えたかった……それなのに、結局こんなことになっちゃって、私、すごく悲しくて……」
真夏はまた少し目に涙を浮かべながら言った。
 「ああ、そういうことだったのですね……でも悲しまないでください。真夏ちゃんが悲しむと、わたくしも悲しくなってしまいます。……実際のところ、これは当然の報いであり、受けるべき罰の一つに過ぎないと言うのが適切でしょう。わたくしはとっくに、あなたが心配していることを実行に移してしまったのですから。そもそも、彼をあのように変貌させてしまったのは、わたくしが彼にとって”禁忌”となる者の名前をうっかり出してしまったからなのです。それもこれも、わたくしの責任です。だから、報いを受けるべき因果からわたくしを救ってくれたあなた達に感謝しているんですよ」
名治子は本当に、心底感謝している様子だった。真夏もそれをなんとなく理解し、袖で涙を拭った。そのとき、ベッドの近くの小さな棚の上に置かれた業務用のスマホに着信が入ってきた。
 「おや。真夏ちゃん、代わりに出てもらえますか? わたくしまだあまり動けなくて、すぐに手が届かないので……」
名治子にそう言われ、真夏はスマホを手に取る。そこには、赤森の名前が表示されていた。

「Nuj計画」 第9幕

 「おはよう、真夏ちゃん。いいわねー、若い子は早く寝てたくさん睡眠できて……」
赤森の声がした。彼女は既に布団をたたんで着替えを済ませていた。
 「うぅーん……なんか変わった夢を見ちゃったんだよね」
真夏はそんなことを言いながら布団を畳み始めたが目がまだしょぼしょぼしていた。それから身支度もそこそこに、そろそろ朝食でも食べに行こうかと言っているときのことだった。昨日の昼に聞いたばかりのあの非常ベルの音が突如鳴り響いた。けたたましい音に2人は一瞬固まったが、続いて流れるアナウンスを聞いて部屋を飛び出していくことになる。
 「緊急事態発生。緊急事態発生。3階東病棟の一般職員はただちに退避してください。繰り返します……」
そこは深木以外誰も入院していないエリアだった。
 「もんちゃんに何かあったんだ……行かなくちゃ!」
真夏はそう言うとあっという間に部屋から飛び出していく。赤森はもう追いかけるしかない。
 「えぇー!? 待ってよ!! 私達が行ってどうするのよー!!」
赤森はそう叫んだものの、困惑よりはなんとなく胸騒ぎがしていた。自分も行かなくてはならないような気がしていたのだ。

 「ウゥ……」
低い唸り声が聞こえる。それは3階東棟最奥の階段付近の病室から出てきた深木の声だった。
 「えっ……」
付近の曲がり角から病室前の廊下に出てきてすぐにその光景を見た真夏は、思考が停止してまち針のようにその場に棒立ちになった。そこには体の6割以上が深い青色に変色し、両手は水かきのついた異様な形状に、首にはエラまでついた異形の存在になり果てた深木の姿があった。だが、それだけではない。その近くに、血だまりの中に倒れて身じろぎ一つせず動かなくなっている見慣れた姿があった。
 「先生!!!」
後ろからすぐに追いついてきた赤森が叫んだ。それは名治子の姿だった。今2人が立っている場所は深木のところまで数メートルの距離があり、このままではすぐそばで倒れている名治子の方が危険な状態だ。すぐにその状況を把握した赤森は、廊下の真ん中に躍り出るとポケットから銀色のホイッスルを取り出し、思い切り吹いた。
 「ピィー!!」
と、警報に混じって甲高い音が鳴り響く。本来このホイッスルはビヤーキーを召喚するために使用するものだが、赤森はそれをお守り代わりに持ち歩いていた。今はビヤーキーの召喚に必要な条件が何一つ揃っていないため召喚はできないが、深木はその音色を不快に感じるようで、赤森の方に走ってきた。真夏は気力を振り絞り、赤森をターゲットにしている深木とうまくすれ違って名治子の方向に向かって行った。赤森は深木を引き付けて少しでも離れようとしたが、足がもつれてほとんど距離を稼げず、今やすっかり理性を失った深木にあっさりと追いつかれ、彼の鋭い爪を持つ手を振り下ろされようとしていた。振り返ってその様子を見ていた真夏が、
 「危ない!!!」
と叫ぶ。赤森は、
 「ウワーッ!!!」
と絶叫しながら咄嗟に両手をまっすぐ前に伸ばしていた。すると、振り下ろされた腕は見えない何かに当たって受け流されるようにして赤森から逸れ、勢い余った深木は回転して回れ右する形になった。すると今度は、先ほど叫んだ真夏と目が合った。深木は視界から消えた赤森からは興味が逸れ、目が合った真夏の方へと走っていく。赤森は再びホイッスルを吹いたが、もはや深木は振り返らない。
 「真夏ちゃん、逃げて!!!」
赤森は叫ぶが、真夏は恐怖で立っているのがやっとで、逃げ出すような瞬発力は発揮できなかった。それに、自分が逃げてしまえば名治子を助けられない。ならば、今しかない。ここで止めるしかない。真夏は両手を強く握りしめ、渾身の力を込めてその場に踏ん張った。深木は真夏の前で立ち止まり、先ほど赤森にしたように腕を振り上げた。
 「もんちゃん!!!」
真夏の強く握りしめられた右手の甲には灼けつくような感覚と共に、五芒星のマークが浮かび上がっていた。五芒星の中心には、燃える目のマークがついている。
 「目を覚ましなさい!!!」
真夏はそう叫びながら同時に、すばしっこく深木の懐に潜り込み、持てる全ての力をもって深木のみぞおちにパンチをお見舞いした。その瞬間、真夏は除夜の鐘でも衝いたかのような猛烈な手ごたえを感じたのだが、実際には深木はほんの少しのけぞっただけで、かろうじて一度彼の攻撃を中断する程度の衝撃しか与えられていなかった。真夏は、とっさにもうダメだと感じた。魔法の力が込められた拳は1回限り。手の甲に浮かび上がっていたマークも消えている。もうこれ以上の手はないのだ。だが、完全に諦めかけたそのとき、
 「ウ、ウゥウ……」
とうめき声を上げて、深木は後ずさりし始めた。両腕は震え、やがて膝をついた。そのとき、黄色く変色した両目から血の涙が噴き出し、顔や体のあちこちが腫れ上がり、痙攣してひどく悲痛な声を上げてのたうち回り始めた。
 「あっ……ああ!! も、もんちゃん……そんな、私……」
真夏はすっかり腰を抜かし、尻もちをついてその場に座り込んでしまった。深木は絶叫し、この世の全ての苦痛を一身に受けているかのように悶絶している。真夏には、その肉体は今にもバラバラになるのではないかとさえ思えた。
 「真夏ちゃん!!」
駆け寄ってきた赤森がしゃがんで真夏を抱き寄せようとしたとき、階段からぞろぞろと誰かが駆けつけてきた。
 「ここだ! こ、これは一体!?」
全身白い防護服を着た、6人ほどのエージェントの先頭の一人が言った。
 「誰かこの子を3階の304号休憩室に送ってあげて!」
赤森がすぐにエージェントに頼むと、向こうの方から声がした。
 「彼を……拘束してください……殺さないで……」
それは血だまりの中を顔面蒼白で這いつくばってくる名治子の声だった。
 「先生!! あ、隊員さん、この子頼みますよ! あっちもこっちも急患!! 向こうは拘束して鎮静剤、あっちは止血して”搬出用”エレベーターで1階に運ぶわ。急いで!!」
赤森はそう言うと先頭のエージェントに真夏を託し、名治子の方に向かって走っていった。2人のエージェントが素早く赤森と共にそちらに向かう。
 「傷の範囲が広い。体位を変えて圧迫! あとストレッチャー用意して」
一人のエージェントがもう一人に指示を出した。赤森と一人のエージェントでストレッチャーを広げ、そこに仰向けにした名治子を載せる。
 「1,2……よし! 圧迫しながら移送する」
だが名治子は弱々しく右手を上げて、
 「待って、彼を……傷つけないで……」
と息も絶え絶えに言った。目はうつろで意識がもうろうとしているようで、誰に言っているのかも定かではない。
 「先生、大丈夫ですよ……行きましょう」
手際よく複数枚の布によってストレッチャーに縛り付けられている名治子に向かって赤森は静かに言った。反対側では3人のエージェントが、のたうち回る深木を拘束してすぐ近くの病室に運び込むところだった。やがて廊下にはエージェント一人と真夏だけが残り、警報も止んだ。
 「さあ、行きましょう。立てるかい?」
防護服を着たエージェントはくぐもった声で真夏に話しかけた。真夏は憔悴しきって無表情のままスッと立ち上がり、何も言わずついていった。

 「ここだね。多分さっきのお姉さんが迎えに来るから、中で待っててもらえるかな」
エージェントは304号休憩室の前で真夏にそう言ったが、真夏は返事もせずぼんやりしていたのでエージェントが代わりに扉を開けてくれてようやく中に入っていった。部屋の中は、畳んだだけでまだ押し入れにしまっていない布団と、2人の荷物が雑に置かれている。真夏は靴を脱いでその辺に散らばすと、力なく部屋の入口付近に座って脱力した。色々な考えが頭をよぎった。私のせいだ。名治子は早朝に深木に会いに行ったのだろうが、前日自分が余計なことを言ったから、名治子との提案と板挟みになって強いストレスがかかったに違いない。そのせいで、名治子も深木も取り返しのつかないことになったかもしれない。特に、深木の方は、自分の手で殴った結果致命傷を与えてしまったに違いないと真夏は考えていた。魔法のことは何もわからないが、バーストがどのような”祝福”を施したのか、今の彼女には予想がついた。バーストは、人間には関心がないようなことを言っていた。真夏のことは猫の一種くらいに思っているとも。ましてや、脅威となる相手を「おぞましい」と称していた。つまり、あの祝福は災いから身を守る加護でも、傷ついた者を癒す力でもなかった。自らの手で誰かを守るため、勇猛な猫のように敵に立ち向かうであろう真夏が九死に一生を得るために……邪悪なものを完膚なきまでに”破壊する”力が、そこには込められていたのだ。
 「うぅ……うぇ……私、こんなつもりじゃ……」
真夏はどうしようもなくなって、小さく震えながらさめざめと泣いていた。たとえ周りの大人を振り回しても、すべてが良い方向に進むようにと信じて、自分の信念に従って行動してきた結果が何よりもただ、彼女を苦しめていた。

「Nuj計画」 第8幕

 「ただいま!!」
真夏は赤森のいる部屋に帰ってきた。赤森はテレビの前で座ったままうとうとしていたが、真夏のデカい声にハッとして目が覚めた。
 「おかえり……っていうか、遅かったわね。心配したんだから……」
赤森は目をこすりながら、本当はその後に「大人を心配させてはいけない」と彼女をたしなめようと思っていたのだが、
 「えー、寝てたんじゃん!」
と真夏に言われて何も言い返せなくなった。
 「でも、遅くなったのには理由があってね……もんちゃんと会って来たんだ」
赤森はそれを聞いて、やられた、といった表情をしたがなんとか持ち直し、
 「はぁ……まあ夜中に抜け出して行かれるよりはいいか。ちょっとその話はじっくりしたいから少し待ってて。あ、その間にお風呂の水入れておいてちょうだい」
と言って部屋から出て行った。赤森はまだロッカーに自分の荷物を取りに行っていなかったので、真夏にどこまで話してもいいものか頭の中でよく考えながら荷物を取って部屋に戻ってきた。戻ってくると真夏は寝っ転がってテレビを見ながらスマホをいじっていたが、おもむろに低い机の傍らに居直した。
 「で、深木くんから何か聞いたの?」
赤森は先に真夏に尋ね、向かい側に座った。
 「全部だよ。珠子ともんちゃんのホントのエピソードも、今日の脳波検査中に発作が起きたことも、その後名治子から変な計画について聞かされたってことも全部」
真夏は端的に答えた。赤森は面食らったが、
 「そう……じゃあ、それが全てよ。私から話すことはもうないと思う」
と、むしろ手間が省けたような言い方をした。しかしそれが災いし、
 「ってことは、全部知ってたってことだね。最初もんちゃんをINCTに呼んだのは珠子だって聞かされてたけど、名治子の計画のことも全部知ってるってことはホントは名治子が呼ぶために珠子に連絡させたってとこじゃない? 違う?」
と、真夏にあっさり看破され赤森は弁明の余地を失った。
 「あー、もう! カンがいいっていうか……頼むから先生には私からは何も教えてないって言ってよね。実際何も教えてないもん……まあ、正解なんだけどね」
真夏はそう言われて少し考えこんだ。名治子に赤森のことをどう言うかを考えていたわけではない。名治子が深木に目をつけた理由を考えていた。
 「まだよくわかんないんだけどさ……名治子、何か悪いことしてない? 私、名治子のことが心配でここに来たんだ。あの幻術マシーン……VRっていうんだっけ。あれについて深く研究し始めてから、名治子と電話したり、LINEでやりとりしてて、なんかヘンだなって思って……何がって言われるとアレなんだけど、何か研究を急いでるっていうかさ。そんな感じ、しない?」
真夏がそう話すと、赤森も少し考えこんで
 「うーん、それは……確かに、研究を急いでる感じはするかも。ほら、あなたにも前にほんの少しだけ話したでしょ。私の不思議な体験談……の一部。あなたは信じてくれたけど、先生は最初私のことを病気だと思ってたのよ。それが、あのVR体験会が終わってから色々興味を持ってくれて……深木くんのことも、そのときに改めて話したんだけど……研究の参考になるかもって」
と答えた。
 「彼を”被験者”に選んだってこと?」
真夏は少しトーンを落として尋ねた。
 「いや……あくまでも普通に検査をして、治験のお礼をして帰すつもりだったわ。彼の健康状態を調べるついでに、とても貴重なデータが手に入るのは間違いないから……それだけでも大きなメリットなのよ。この会社にとってはね」
赤森がそう言うと、真夏は急に興味を失ったように、
 「ふーん、そうなんだ。オッケー、じゃ私お風呂入ってくるね」
と、さっさと風呂に向かっていった。
 「え、うん……お湯、捨てないでね」
赤森は真夏が急激に話に飽きたように見えたので、半分困惑し、半分ホッとしていた。ほとんどのことは既にバレているようなものだが、かといってこれ以上尋問をされても困る。

 その後は2人はそれ以上込み入った話はせず、たわいのない雑談を楽しんでいた。やがて夜も更けると、真夏は急に強い眠気に襲われ、歯を磨くところまでは辛うじて意識を保っていたがその後はいよいよ畳の上でうつらうつらし始めたので赤森は彼女の分も布団を敷いてあげた。
 「今日は疲れたでしょ。私も寝るから、おやすみ」
赤森は自分の分も布団を敷いて、そう言って部屋の電気を消した。そのときには真夏はもう布団に入って爆睡していた。

 「あれ? ここは……あ、猫!」
真夏は一人、森の中に立っていた。しかし、すぐに彼女の足元に1匹の小柄な黒猫がいることに気がついた。真夏の足にすり寄ってきたその黒猫は、真夏が気づくとどこかへ歩き始めた。少し歩いては振り返り、彼女をどこかに誘っているようだった。
 「今日も連れてってくれるんだね。今行くよ」
真夏は黒猫について歩いて行った。見慣れた光景だ。何度も通った道。朝のような夕方のような、おぼろげな時。暖かな木漏れ日の下、1人の少女と1匹の猫が往く。やがて、煉瓦造りの立派な洋館の門が見えてきた。門は真夏が近づくと当たり前のように開き、彼女を通すとひとりでに閉まった。嗚呼、これなるは遥かな幻夢郷、そのどことも知らぬ一角にひっそりと構えられた、神に愛されし猫たちの棲む小さな聖域である。洋館に入ると、黒猫は壁沿いに階段を上がっていく。真夏もそれについて階段を上がっていった。何の疑問も抱かず、ただ穏やかな気持ちだけ持ち寄って。そして、黒猫が立ち止まった応接間の扉をそっと押し、黒猫を先に入れると真夏も入っていった。真夏はここに来るときだけは静かで、自分でも気づかないうちに軽く一礼しながら、そっと扉を閉めた。
 「ようこそ、我が小さな信徒。さあ、どうぞこちらへ」
鈴を転がすような美しい声でそう呼びかけてきたのは、猫の頭を持ち金色の衣に身をやつした高貴なる旧神、バーストであった。大きな窓の傍らに立ち静かに佇む彼女の下へ、真夏はまた軽く一礼し、そっと歩み寄った。
 「猫の神様、お久しぶりですね」
真夏はその実態を知らずしてなお無意識に、あるいは本能によって、バーストを心から信奉しているといっていいほどの敬虔な”信徒”であったが、口調は割と相変わらずだった。
 「ええ。貴女がそのブレスレットを肌身離さず身に着けているおかげで、こうしてお招きすることができました」
バーストは真夏の右手首のブレスレットを見ながらそう言った。それは、間接的にバーストから贈られた神聖な代物であった。
 「はい……けどなんだか、いつもとちょっと違う感じがする……?」
真夏はふと、いつも来ている時よりも体が軽いというか、五感がわずかに希釈されたような微妙な違和感を感じた。
 「いつもは貴女が迷い込んでくるところですが、今日は私がお招きしたのです。貴女が眠りに就いたところを……つまり、貴女は今夢の中から此方へ来ているのです。本来であれば長い長い道のりを経る必要があるのですが、私との縁もありますので……そうですね、いわゆる「ショートカット」というものです」
バーストは静かにそう話した。
 「はゎ……それはそれは、なんたる……栄華?」
真夏は恐縮していたが、語彙力が足りていなかった。
 「言うなれば、栄誉、といったところでしょう。それほど畏まらずとも、いつも通り楽にして結構ですよ。さあ、こちらへどうぞ」
バーストは静かに、部屋の真ん中の小さなテーブルに彼女を招いた。バーストが奥の席に腰かけると、真夏はここに来てからいつの間にか着ていた、フリルのたくさんついた可愛らしいドレスの両側を雑に掴んで膝を曲げ、カーテシーの真似事をしてからそっと席についた。テーブルにはお茶会の用意がしてあった。並んでいるのはいずれも、普段であればまず見ることも叶わない、銀でできた器だった。
 「ハーブティーはお好きで?」
バーストはカップに静かにハーブティーを注ぎながら尋ねてきた。
 「嗜む程度には」
真夏は澄ましてそう答えた。
 「それはよかったです。どうぞ」
真夏は銀器に注がれた美しい黄金色のハーブティーを差し出され、また軽く一礼した。バーストは微妙に会話がかみ合っていない気がしていたが、真夏はそれが主に酒について聞かれた時に返す言葉だとは気づいていない。真夏はほどよく気持ちを落ち着かせるハーブの香りにうっとりしていた。
 「猫が好む香りのハーブティーです。お気に召しましたか?」
そう言って自分が注いだハーブティーにバーストが口をつけたのを見てから真夏も一口すすった。真夏はハーブの味のことはよくわからないが、不思議と良い気分になった。
 「とってもステキ。けど神様、私のこと猫の一種だと思ってません?」
真夏はふと疑問に思って尋ねた。彼女はキャットニップというハーブを知らなかったので、マタタビ茶でも淹れられたのかと思っていた。
 「まあ、概ねそのように……ふふ。けれど、我が信徒にとってみればそれもまた……おわかりですね?」
バーストにそう言われ、真夏は少し照れながら
 「栄誉、ですね」
と答えた。バーストも笑みを浮かべ
 「左様です。人間の信徒のことは私にはあずかり知らぬことでもありますが……」
バーストがそう言ったとき、真夏は横目にチラチラと、小さな銀の棚に並んだ一口大のカップケーキを見ていた。バーストが手で「どうぞ」と促したので遠慮なくイチゴのついたケーキをつまんで口に放り込もうとしたが、その前に
 「そういえば、神様は何故私をお招きに?」
と尋ね、それから口に放り込んだ。
 「猫とは気まぐれなもので、神もまた気まぐれです。では、猫の神とあらばさて、どうでしょうか」
バーストは穏やかな口調でそう言った。
 「ものすっごく気まぐれってことですか?」
真夏はそれ以外なかろう、という確信をもってそう尋ねた。
 「ご明察です。が、しかし……いかに気まぐれと言えど、何のきっかけもないわけではありません。この度は、貴女が自らドリームランドに近い位相に意識を移したのがたまたま視えたので、少し様子を見守っていたのです。すると、少しばかりおぞましいものの片鱗を感じ、心配になりまして」
バーストは静かに語った。真夏は少しの間何を言われたかよくわからず、ちょっと間の抜けた顔をしていたがやがて何を言われたのかを理解した。その上で、
 「あ、もしかして、仮想世界のことですか……? おぞましいものっていうのは……まさか、もんちゃん……?」
と、真夏はめいっぱい考えながら言った。
 「恐らく、その認識で相違ないでしょう。貴女がその仮想空間に移動したことでチャンネルが開き、貴女の目を通じて状況が理解できました。本来であれば人間の世界のことには特に関心もありませんが、小さくも敬虔な我が信徒の危機とあらば祝福の一つも授けようというのが私のきまぐれ、というわけです」
バーストはじっと真夏の目を見つめながらそう話した。真夏は少し困惑して
 「大変それもまた、めっちゃめちゃ栄誉すぎてびっくりなんですけど、私、祝福をいただくほどのなんか、すごいことしようとはしてないんですけど……」
と、恐縮しながら言うと、バーストは、
 「いいえ、貴女はこれからも必ずや、己の信念に従い行動することでしょう。しかし信念に殉ずるには、まだ若すぎる。人間の世界には、”Curiosity killed the cat”……すなわち、「好奇心は猫をも殺す」ということわざがあるそうですが、私は今回に限ってはそれが気に食わない、というだけのことです」
と、優しく諭すように言った。
 「にゃーん」
真夏の足元に、彼女を連れてきた黒猫がすり寄ってきた。
 「彼女も貴女を心配しているようですよ。さあ、ほんの短い間でしたが……そろそろあちらで貴女の目が醒めます。その前に、一度こちらへ」
バーストがそう言って席を立ったので、真夏も席を立ち、バーストの目の前に歩み寄った。
 「右手を出してください」
と、バーストに言われるがまま真夏は右の手のひらを上にして差し出した。すると、バーストは両手で彼女の右手を手首からそっと包み込むように掴んだ。するとその両手から暖かな光が発せられた。
 「わあ、なんだか陽を浴びたみたい」
真夏は日向ぼっこする猫と一緒に過ごしている時の暖かさを思い出していた。
 「祝福などと言っても、実際にはそのブレスレットにほんの少し私の魔力を込めたに過ぎません。一度しか使えませんが、役には立つでしょう」
バーストはそう言うとそっと手を離した。
 「ありがとうございます。私、魔法とかはわかんないけど……大事にしますね」
真夏はそう言って今日一番深く頭を下げた。
 「猫の気持ちを忘れなければ、すべてうまくいくでしょう。それではごきげんよう」
バーストはそう言うと、どこからともなく取り出したフルートのような横笛を静かに吹き始めた。その不思議な音色が耳に入ってくるのと同時に真夏は意識が混濁し、気がつくと殺風景な和室の布団の中に横たわっていた。
 「ハッ……夢か……夢?」
真夏は今しがた体験したことが、本当にあったことなのか、よくできた夢だったのかにわかにはわからなかったが、ひとまず上体を起こし、猫のようにめいっぱい伸びをするのだった。