第2話「人違い」

 「なんか、ごめんね。お世話になっちゃって」
たまなつは食卓テーブルの椅子にちょこんと座って、男が冷蔵庫から食べ物を出すのを待っていた。男の名は那次奈治男といった。この家で仁勢田真夏という名の少女を預けられ一緒に暮らしているサラリーマンである。
 「いや、構わないが……少し君に聞きたいこともあるからね」
奈治男はそう言うと、冷蔵庫からツナ缶を一つ取り出した。それを見てたまなつは、
 「あ、それ食べたい! そのままでいいからちょうだい!」
と目を輝かせた。
 「え、いいのかい? パンに乗せて焼いたりとかしてもいいけど……」
奈治男は少し驚いたが、たまなつがそのままでいいと言うのでスプーンだけ彼女に渡した。たまなつはプルタブを引っ張って缶を開けて、スプーンで中身をほじって食べ始めた。
 「うーん、美味しいなー。これ大好きなんだよね」
たまなつはそれだけで本当に満足した様子だった。静かな部屋に、油と魚のいい香りが広がる。
 「それはよかった。ツナ缶ね……真夏ちゃんの好物なんだ」
奈治男は少しうつむきがちにそう言った。
 「おじさん、私にその真夏ちゃんって子のこと聞きたいんでしょ。まあ、わかんないんだけど……外の猫も私のことその子だと思ってるみたいなんだけどね。写真とかってある?」
たまなつはツナを頬張りながら尋ねた。
 「ああ、写真なら、ここに……」
奈治男は近くに置いていたスマホを手に取って操作し、真夏の写真を表示してたまなつに見せた。
 「えー、この子が……おじさんと一緒に暮らしてる真夏ちゃんかぁ。確かに、私に似てるけど……やっぱり見たことはないなぁ」
たまなつは、写真の中で笑顔を見せる真夏をまじまじと見つめながら言った。
 「そうか……でも君は本当によく似てるから、真夏ちゃんが帰ってきたと思ってしまったよ。君の方が少しつり目をしてるし、耳と尻尾がどう見ても本物だったから気づいたけどね」
奈治男がそう言うと、たまなつは
 「顔は、ママの遺伝かな」
と答えた。
 「真夏ちゃんも猫が大好きなんだ。君のその耳と尻尾を見たらきっと、羨ましがるよ……まあ、今はそれどころじゃないけどね……」
奈治男はまたうつむきがちにそう言った。
 「真夏ちゃんは、どっか行っちゃったの? 家出?」
たまなつは尋ねた。
 「家出ではないんだが、真夏ちゃんは元々3日くらい勝手にいなくなることがあって……必ず連絡するように伝えてるし、最近はちゃんと連絡してくれるようになってたんだけど……明日で3日目なんだ。今のところ連絡もないし、さすがに心配になってきてね」
奈治男は疲れ切った表情でそう言った。
 「へー、そうなの……テレビでなんかやってないかな?」
たまなつはそう言うと勝手にテーブルの上のリモコンを手に取ってテレビをつけた。すると、ちょうどニュースが流れていた。
 「15歳の少女、日下部麗華さんが3日前から行方不明になっている事件です。警察は引き続き捜索と周辺の調査を続けています」
女性のキャスターがニュースを読み上げると、画面が切り替わり顔を隠した近隣の人物が映った。
 「ええ、時折この辺を通りがかっていて、挨拶されたこともありました。そこの公園でお友達と遊んでいるのも見たことがありますよ」
顔より下だけ映ったスーツの男はそう言った。
 「日下部さんは、地域の天名津中学校に通っており……」
と、その顔写真が画面に映ったときだった。
 「あ!!! この子は知ってる!! 私に……いや……会ったことあるわけじゃないんだけど、この子だ。間違いないよ。この子、私に助けを求めた子だ……」
たまなつは立ち上がって、真剣な顔して言った。
 「それは一体……? けどこの子は確か……そうか、盲点だった。あの公園も、真夏ちゃんが遊びに行く場所じゃないか……真夏ちゃんはきっと、この子の手がかりを追っているんだ」
奈治男がそう言うと、
 「3日前って言ってたけど、テレビ見てなかったの?」
とたまなつは尋ねた。
 「ああ、仕事が忙しくてね……内容を真剣に見てる余裕がなかったよ。真夏ちゃんは見ていたんだ……そういうことだったのか」
奈治男はいよいよ頭を抱えて言った。
 「これは間違いなさそうだね。その公園に行ってみよう! きっと何か手がかりが見つかるよ 」
たまなつは悠長にツナ缶を食べながらも立ち上がり、力強くそう主張するのだった。

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