小説版たま☆なつ 零・続

 あれからしばらくのことだった。テーブルを囲んでたまなつ、あまなつ、カリンの3人が朝食を食べているとたまなつが急に口をぽかんと開けたまま虚空を見つめ始めた。
 「? なにボケっとしてんのよ」
カリンはたまなつに話しかけた。初めは気味悪がっていたカリンも今やすっかりたまなつを家族として受け入れていた。というのも、気味が悪いことには違いないのだがカリンは姉のあまなつのことが何より大事なので、いつまでもたまなつを拒絶して姉に怒られているようでは困るというただそれだけのことである。とはいえ行動が変われば考え方も変わってくるようで、多少どついたくらいでは全然めげずに甘えてきたり話しかけてきたりする好奇心旺盛なたまなつに対しては少しくらい面倒を見てやっても……という気持ちが湧いてきていた。
 「そういえば私、パパの顔見たことない」
たまなつはそう言った。実を言うとたまなつはずっとあまなつと行動しており、色々あってまだ父親の顔を見たことがなかった。父親と言っても、彼女の父親にあたるのはしらたま族の少女である。そのこと自体はたまなつも知っているし、両親がどちらも自分と大して年が変わらない女の子だという異常な事態についてもさして疑問を持たずにいたのだが、いかんせん「パパ」本人にはまだ会ったことがなかった。
 「パパは……そうね、しらたま族なのよね。たしかに、私も……いや、あなたを会わせたことはなかったわね、そういえば」
あまなつは言った。カリンは何かおかしいなと思い、
 「しらたま族って……猫の女の子じゃない。けどパパなんでしょ? なんでよ。そもそも、私たちに親なんて」
とそこまで言ったがあまなつにテーブルの下で足を蹴られてそれ以上言うのをやめた。代わりに
 「……まあなんでもいいわもう……けど連絡先くらいは知ってるんでしょ? 会いに行けばいいじゃない」
と続けた。しかし、あまなつは渋い顔をして言った。
 「知らないのよ、連絡先」
するとカリンは
 「なんでよ。離婚調停でもしたの? いや……してたら腹立つわね……勘弁してよ、じゃあどうやったって会えないじゃない。だってしらたま族ってどこに住んでるか誰も知らないんでしょ?」
と、あまなつと同じくらい渋い顔をした。そう、しらたま族は群れで生活している種族らしいのだが、誰もどこに住んでいるかわからないのである。
 「私は聞いたことあるよ。確かしらたま族は……森に住んでるんだ。その森には、綺麗な泉があって……楽園みたいなところなんだって」
たまなつはそう言うとぽかんと開いた口にサンドイッチを詰めた。
 「へー。じゃあ世界中の森を捜し歩くことになるわね。いいライフワークが見つかったじゃない」
カリンはたまなつの情報に何らの価値も感じていなかった。そんな大雑把な情報ではないのと同じだからだ。そんなことを言っているとあまなつはどこかから世界地図を取り出してテーブルに広げ、
 「見て、ここ……シリアのアンティオキア。ここのテオフィロスっていう人の創世記の解釈によればね……」
と語り始めた。
 「ちょっと、まさかエデンの園を探すっていうんじゃないんでしょうね。トレジャーハンターにでもなるつもり? せめて国内にしてよね。絶対国内にいるって、しらたま族」
カリンはすっかり呆れていた。どうもあまなつは独自に調査した結果、しらたま族がエデンの園かその周辺に生息しているというyoutubeあたりで誰かが言っていそうな話を信じてしまったらしい。
 「ねえ、見て見て。泉がある森だよ」
たまなつはスマホの地図アプリで、近所の森のあたりを表示した画面をカリンとあまなつに見せた。
 「あぁ? めちゃその辺じゃない。そんなとこにいたら苦労しないんだけど……でも泉なんて……」
カリンはシリアよりはマシだと思いながら見ていたが、あることに気づいた。
 「ああ、これは温泉ね。そういえばあったわね、日帰りでも入れるちっちゃい旅館……」
するとたまなつは
 「あ、ホントだ……泉って書いてあると思ったら温泉だった……でもきっと温泉だって泉には違いないよね。行ってみない?」
と話した。カリンは返事をせずあまなつの方を見た。
 「い、いいんじゃない? ほら、外に出れば何か手がかりもあるかも知れないし……温泉、いいわよね。今日は温泉に行きましょう。家族旅行よ家族旅行」
あまなつは割と乗り気だった。温泉に浸かれば、パパが見つからなくてもたまなつもひとまずは満足するだろうと思っていたのだ。カリンも、家族旅行ねぇ……といった顔をしながらもまあせっかくだし、温泉に入るのは悪くないと思い、行くことにした。

 「あー、家族で裸の付き合ができて良かったわね」
あまなつが乾かした髪を二つに結びながら満足そうに言った。3人はそこそこ歩いて、町はずれの森の中にある小さな温泉旅館に日帰りで来ていた。温泉旅館というよりは、銭湯のようにして利用している客が多い小ぢんまりとしたところだが、売店や食堂があり、浴場はそこそこ広い正真正銘の温泉で露天風呂もあるので、ちょっと入浴に来るだけで贅沢な体験ができる穴場スポットだった。
 「はぁ、しょうもないわね……思ったよりいいとこだったけどね。お昼ご飯食べて帰ればちょうどいいんじゃない?」
カリンも髪を元通りに結んで、ロビーに出てきた。たまなつも一緒に出てきたが、彼女は存外うかない顔をしていた。
 「パパ、この辺にはいないのかな……」
とたまなつが呟くと、カリンは少し気の毒に思って、
 「まあ元気出しなさいよ、今日はいないだけかも知れないし……ほら、自販機でビンのジュース買ってあげるわよ」
と、ロビーの角の自販機の方にたまなつを連れて行こうとしたときだった。椅子から立ち上がってめいっぱい伸びをしている、フルーツ牛乳の空き瓶を手に持った少女が一人傍らに見えた。彼女は小柄で、猫の耳と尻尾があり、猫の輪郭のように見える顔の横のハネた髪と、後ろに伸びたとても長い髪がたまなつによく似ていた。ただ、髪の色はたまなつと違って白い。しかし、たまなつはそれを一目見て少女の元に一目散に駆け寄り、
 「あ、あの……あの……! もしかして、パパですか」
と尋ねた。だが、にこにことした笑顔を浮かべたまま、少女は両手を上げて驚きを表現した。
 「ご、ごめんなさいね。この子……ん? た、確かに似てるかも……」
カリンはたまなつに追いついたが、その少女が確かにたまなつに似た風体をしているのを見てもしかすると……と思っていた。そこにあまなつもやってきたが、あまなつはすかさず、
 「あー、二人ともちょっと外してくれる? 私話があるのよ、ね、お願いよ」
とカリンとたまなつを遮って言った。カリンはよくわからないがとにかく慌てている姉を見て
 「あー、うん……行くわよ。売店で何か買ってあげるから」
とたまなつの腕を引っ張っていった。たまなつは抗議するように、
 「え、でも」
と言ったが、カリンはというと
 「あとで戻ってくるから。ワガママ言うと肉まん買ってあげないわよ」
と言い強引にたまなつを引っ張っていった。その様子を見届けて、ない胸をほっとなでおろしたあまなつは、
 「あなたはしらたま族ね。しかも、いい笑顔……話に聞いた通りならあなた、きっとこの近くの研究所に行ったことがあるわよね?」
と話しかけた。するとその少女は迷うことなく
 「あ、ありますあります。しらたま族として招待されたことが」
と答えた。ビンゴだった。あまなつは小さくガッツポーズし、
 「よし、じゃあ間違いない。あなたあの子のパパなのよ」
と告げた。しらたま族の少女は顎に手を添えて何か考えるようなポーズを取った。
 「やっぱりね……なるほど、私が『パパ側』だったかぁ……」
 「知っていたの? あの子……たまなつがいること」
 「なんとなくは……今日、ここに来るだろうってこともね」
 「そ、そうなの? 一体どうやって……私たちはあなたがどこにいるかまるで見当もつかなかったのに」
 「全てはネコのお導きってところかな」
 「?? まあ、いいけど、その……悪いんだけど、じゃああの子の前でパパとして振る舞ってくれる? あなたにしか頼めないのよ」
 「いいよ。きっとそうしないとあの子がガッカリしちゃうからね。私も結構まんざらではなくて……そう、あなたはあまなつ族でしょ。その、絶滅危惧種の……」
 「あ、うん……そうよ。本当はもう増えることはないんだけど……」
 「そうだよね。実はしらたま族も、めちゃんこ数が減っちゃって今はほとんど増えることもないんだ。だからまあ、喜ばしいと言えば喜ばしいかなって」
二人がそんな会話をしていると、カリンが一人で戻ってきた。
 「あの、話してるところ悪いんだけどそろそろどう? アイツ連れてきてもいい? もう肉まん3個食ってんのよアイツ。早く行かないとパパがいなくなっちゃうとか言って泣きながら3個も……なんか腹立ってきたわ」
カリンは複雑な顔をしながら言った。すると、
 「ああ、かわいそうに……連れてきてあげてください」
しらたま族の少女はそう言った。カリンは何がかわいそうなのよ、という言葉をぐっと飲みこんで急いで売店の方に戻ってたまなつを呼びつけた。ほどなくして、ムッとした表情のままのカリンと袖を顔に当てながらめそめそしているたまなつがぽてぽて歩いてきた。たまなつはちょっと泣きぬれた顔のまま、笑顔で立っているしらたま族の少女にもう一度尋ねた。
 「あの……パパですか」
するとしらたま族の少女は
 「パパだよ」
と答えた。たまなつはそれを聞いてにわかに笑顔になり、しゃがんでしらたま族の少女を抱き寄せた。
 「パパー!!」
たまなつがそう叫ぶと、しらたま族の少女は
 「おお、娘よ……」
とよくわからないノリで接していた。その様子を見てあまなつは何故か少し涙ぐんでいたがカリンは心底呆れた表情をしていた。しらたま族の少女はひとしきり熱い抱擁を受けた後、パッと目を開いてたまなつの顔をじっと見つめた。その明けの星空を詰め込んだような美しい瞳は、たまなつにもよく遺伝しているものだった。
 「たまなつちゃん、君はいずれ楽園に招かれる。そのときは私が迎えに行くからね」
しらたま族の少女はたまなつにだけ聞こえるようにそっとそう話した。たまなつは何もピンと来ず、首をかしげているのだった。

 その後4人は食堂に行って昼食を食べた。たまなつはパパに会えて嬉しくて興奮してしまったのか、肉まんを3個も食べたことは完全に忘れてハンバーグとスパゲティを食べたので家に帰ってから食べ過ぎで具合が悪くなった。
 「そうだ、連絡先教えてもらえる? それと、どこに住んでるのかこっそり聞きたいんだけど……」
外に出てからあまなつがそう言うと、しらたま族の少女は
 「連絡先はぜひ交換しましょう。たまなつちゃんもね。でもどこに住んでるかはヒミツだよ」
と言って連絡先だけ教えてくれた。ついでにカリンも連絡先を交換したが、そのときしらたま族の少女に
 「美人さんですね」
と言われ、
 「まあね……けど嫁? の妹にそういうこと言うんじゃないわよ」
と返していた。しらたま族の少女は全然そんな気がなかったので首をかしげていた。
 「あそうだ、写真撮らない?」
あまなつがそう言うと、カリンは
 「ああ、じゃあ私が撮るわよ。並んで……なんて言うの? チーズ?」
と言い、穏やかな笑みを浮かべるあまなつと、両手を上げて楽しそうにしているしらたま族の少女の間で満面の笑みを浮かべるたまなつの写真を撮影した。

 かくしてたまなつは紛れもなく両親に認知されるに至った。そして彼女がそのことを心の底から信じている限り、きっといつまでも良い子でいるだろう。その後、パパから一子相伝の舞やしらたま流柔拳法を継承されることになるのだが、それはまた別のお話である……

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