小説版たま☆なつ 零

 「誰なのよ、その子は」
自宅の玄関に仁王立ちして怪訝な顔でそう言い放ったのは、グレーともピンクともつかない美しい髪をツインテールにした、赤いつり目の少女、カリンだった。狐の耳と尻尾を持ち、容姿端麗。かわいらしくも均整の取れたそのシルエットは彼女の完全なまでの「強さ」を表していた。対して、
 「えーとね……わ、私の娘よ。よろしくね」
と、どう考えても説明になっていないだろうなぁと思いながら答えているのは、カリン同様に狐の耳と尻尾を持った少女、あまなつであった。彼女も緑色に染まった髪を二つに結んでいるが、低い部分で結んでおり、顔つきも相まってカリンより幼い印象を与える。しかし、彼女はカリンの姉であった。玄関の外側で、「娘」と呼んだ少女と一緒に立っている。
 「何言ってんの? 姉さん、何日も遅れて帰って来て散々人を心配させておいてそれはないんじゃないの……そんないたずら私にしてどうすんのよ……」
カリンは完全に呆れていたが、「娘」と紹介された少女は
 「ママ、この人誰?」
と、言ってあまなつの後ろに隠れ、ぎゅっと服の裾を掴んだ。彼女は二人とは違って猫の耳と尻尾を持っていた。あまなつに似た緑色で、左右にハネて猫の顔のようなシルエットの髪は後ろには長く伸びており、結んではいない。そして、見た目の年齢はあまなつとほぼ変わらなさそうであったし、その顔つきはあまなつに瓜二つだった。
 「この子はカリンよ。私の妹なの」
あまなつはそう説明したが、カリンの方はというと
 「な……なんなのよコイツ、何がママよ。どう見たって姉さんと同じくらいの歳じゃない。どういうことか説明してよ」
と言ってあまなつに詰め寄った。あまなつはどこから説明したらいいかと悩んでたじろいでいた。
 「いや、そのね……色々あったんだけど……えー、なんて言えばいいのー! たまなつちゃん、どうしましょ」
とあまなつは頭を抱えて少女に呼びかけた。彼女の名は「たまなつ」であった。たまなつも目を見合わせてオロオロしていた。
 「いい加減ふざけてんじゃないわよ。何をどう説明されたってコイツが姉さんの娘のわけないでしょ。ねえ、姉さんのこと困らせてんのはアンタなのよ。どこの子なのか正直に言いなさいよ」
カリンはあまなつの横から、オロオロしているたまなつに言い寄った。たまなつはかなりおびえた様子で、
 「どこって言われても……ママはママだから……」
と俯きがちにそう言うが、カリンはものすごい目つきでたまなつを見下すばかりだった。
 「よく聞こえなかったんだけど。二回同じこと言わせないでくれる? アンタが姉さんの娘なわけないって言ってんのよ」
カリンはついにそう言って、ガッとたまなつの胸ぐらを掴んだ。
 「カリン、乱暴しちゃダメ!」
とあまなつは制止しようとしたが、
 「姉さんは黙ってて」
と一瞥した。あまなつが渋い顔をしていると、動きを見せたのはたまなつの方だった。
 「嘘じゃないもん!!」
たまなつはそう叫ぶとカリンの手を振りほどいて、逆に両手でカリンの肩に掴みかかった。
 「は? 何よこの……い、意外と力強いわね」
カリンはすぐにはたまなつを振りほどけなかったがたまなつの胸を右手で少し小突くと、たまなつの体勢が崩れてすぐに解放された。だがたまなつはすかさず威嚇するようにこぶしを握ってファイティングポーズを取ってしまった。これがまずかった。掴みかかったことよりもこの行為が完全にカリンの逆鱗に触れたのである。カリンは少し口元に笑みを浮かべると
 「いい度胸ね。私に手を出した以上は覚悟してもらうわよ。来るならどこからでも来なさい」
と言い放った。だがカリンは手を出さない。構えも取らない。ただたまなつがかかってくるのを待っている。たまなつもここで思いとどまればよかったものを、すかさずカリンに殴りかかったためあまなつが仲裁に入る間はなかった。たまなつのパンチは、彼女が獣人であるがために普通の人間に当たれば一撃で骨を粉砕するくらいの威力はあったし、怒りと恐怖に任せた一撃は十分な速度と威力を備えていたはずだった。しかし、何の構えも取っていなかったカリンはたまなつの拳をまるで子供が投げたボールを手で弾くくらい容易に払いのけ、体勢を崩したたまなつのみぞおちに向かい不可視の速度で雷撃の如く縦拳を入れた。たまなつは拳を受けたことを認識することもできず地面に倒れ伏し、
 「うぇええええええ」
と叫んで腹を押さえのたうち回った。
 「コラー!!!!」
と叫んでカリンに次に掴みかかったのはあまなつだった。両手首をぐっと掴んでいる。
 「何よ姉さん、手を出してきたのはあっちよ。見てたでしょ」
そうは言うが先に胸ぐらを掴んだのはカリンである。しかもカリンはほどなくして
 「ちょ……いたたたた姉さん、痛い、痛いって!! なんで私にこんなことすんのよ!」
とその均整の取れた顔をゆがめ始めた。
 「アンタが、話を、聞かないからでしょうが、この……乱暴者―!!!」
と、あまなつは先ほどまでの困惑具合からは想像できないほど完全にキレ散らかしてカリンの両手首をブンブン縦に振った。カリンは関節を完全に極められており、振りほどくことができなかった。
 「アー!!! 痛い、痛いー!!! わかった、わかったわ、私が悪かったから!!!」
カリンがそう叫ぶとあまなつはやっと手を離した。
 「色々あったのよ!! とにかくたまなつは今日から家族なの! 仲良くしないと承知しないからね!!!」
そう言うとあまなつはもう完全に開き直り、
 「たまなつちゃん大丈夫? ほら、こっちよ」
と、悶絶しているたまなつを起こして肩を支えながら、カリンの脇を通ってさっさと二人で家に入っていった。カリンは呆れたような困惑したような顔でその様子を睨みつけながらも、
 「なんなのよ、もう……気色悪いわね……」
と落胆しながら二人に続いて家に入り、そっと玄関の戸を閉めた。こうして一つ屋根の下、ある奇妙な家族の暮らしが始まったのであった。

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