「先生、今日は随分熱心に私の話を聞いてくれるんですね」
面談室と書かれた部屋の中、やや不思議そうにそう言ったのは丸椅子に座った赤森珠子──人の脳と機械を接続する研究を行う秘密結社、ここ「INCT」に所属する医学研究助手の女性だ。赤い髪を後ろで結んだ25歳の彼女は、2年ほどここに勤めている。
「ええ……いえ、わたくしはいつでも熱心でしたよ。ただ、何度もあなたの話を聞いているうちに、理解が追い付いたというか……本質的な興味が深まった、というべきでしょうか」
赤森と向き合ってデスクの傍らの椅子に腰かけ、全体的に短いが左目にすっかりかかった緑色の髪を指先で撫でながらそう答えたのは、那次名治子──INCTの心理学研究員兼セラピストの女性である。現在は33歳で、以前大学の心理学講師をしているときに知り合った赤森をINCTに勧誘した人物でもあった。
「今まではあまり興味がなかったってことですか? 正直心外です。最初にこの話を先生にしたら急に休職させられるわ、カウンセリングだかセラピーだかまで受けさせられて……私はずっと正気なんですからね。まあ、先生にじっくりお話ししたいことでしたからいい機会ですけど」
赤森が少しむくれながらそう言うと、名治子は顎に手をあてて目を瞑り、しみじみと思い出すようにして
「わたくしの判断が間違っていたとは今でも思えませんけどね。そりゃセラピーでも何でも始めますよ……えーと、最初は夢の中で狭い施設に閉じ込められて、かの古代ギリシャの医神、イガクス・カンゼンニウス・リカイシウスと、あと自転車屋の安藤さん……そう、安藤さんですよ。彼らと協力して最後はみんなで毒をかっ食らって死んで目が覚めたんでしたよね」
名治子は改めて思い出した話の内容が相変わらず荒唐無稽すぎて、普通なら盛大に眉をひそめたくなるところだった。だがプロのセラピストの矜持から顔には出さないようにしつつ、赤森から何度も聞かされたその話を静かにおさらいしたのだった。
「大体その通りです。あと、色白な女の子もいて、彼女も一緒に毒を飲んだらしいんですが、今は安藤さんの近所に住んでるそうですよ。それと、ほら、あのネットでよく見る有名youtuberの」
赤森がそこまで言うと、
「ああ、もう結構ですよ。大丈夫、ちゃんと記憶してます。その辺のことはいいんです。安藤さんが”あの”安藤さんだということが確認出来ればそれで」
名治子は赤森の話を遮ってそう言った。
「間違いありませんよ。体と顔に目立つ傷がある、大柄な自転車屋さんです。まさか彼が末峰コーポレーションの最新VRゲームの一大デモンストレーションに、先生と一緒に参加されていたなんて……いったいどういう偶然なんですか。配信されていた映像を見て唖然としてしまいましたよ。大体あの、クトゥ」
赤森が早口でそこまで言うと、
「ええ、ええ、そうなんです。そうなんですよ……先日の体験会は本当に大変な……いえ、大変に素晴らしい催しでした。大変すぎて体験レポートを職場に提出するのに今も苦慮しているところです。ええ。でも、”あのあれ”のことはもう少し置いておいてください。わたくしもセラピーを受けたいくらいなんですから、ホントに……しかし、彼……安藤さんの実在をわたくしがこの目で確かめてしまった以上、あなたの話は疑いようがなくなりました。何より安藤さん自身、あなたのことを知っていて、同じ体験をしたというのですから、もうあとはあなたたちが結託してわたくしを陥れようとしているのでなければ、このようなことはあり得ません」
名治子はまた赤森の話を遮りながら、半ばうんざりしていよいよ観念したような口調で言った。
「もちろん、私は先生を陥れたりなんてしませんからそれはあり得ません。でも安藤さんのおかげでようやくしっかり話を信じていただけたみたいで、私は満足です。そして、次の出来事は安藤さんとは関係ありませんが……内容は覚えていますよね?」
赤森はかなり得意げな顔でそう詰めてきた。名治子はすっかり立場が逆転したことに呆れつつ
「はい、もちろんですとも。この際仔細は省きますが……星間航行をして地球を救ったんですよね? その、あれです……大いなる、”クトゥルフ”という怪物から。そのときに友達になった”ビヤーキー”という生き物が今も見える、と言っていましたね?」
と、右手で後頭部をポリポリ搔きながら慎重にそう確認した。
「その通りです。あの出来事からもう3か月ほど経って、ビヤーキーたちは見えなくなりましたが。多分、元いた星に帰ったんだと思います。呼び出そうと思えばまた呼び出せるんですけどね」
赤森はまた随分と誇らしそうにそう話した。
「お願いですから実行しないでくださいね。そのときはわたくし匙を投げますから。色々と。そんなことより問題なのは、そのあなたが見えていたものも、件のクトゥルフという怪物も、この本に載っているということです」
名治子はそう言って、デスクの傍らに置いてあった書籍、”Call of Cthulhu”を手に取った。
「え、両方載ってるんですか!? ちょっと見せてくださいよ」
赤森はそう言って手を伸ばしたが、名治子はスッと書籍を遠ざけた。
「これは無暗に開くと、気分が悪くなる危険な本なのです。あなたの病状……いえ、ストレスをこれ以上増やすわけにはいきませんので……ただ、載っていることは間違いありません。配信されていたこの前の体験会の映像で、わたくしがゲームのラスボスとして戦ったクトゥルフは……その、あくまでも、あくまでもゲームの中での話ではあるのですが、特徴があなたの話に出てくるものとよく一致します。そして、ビヤーキーという生き物についても書かれている内容とあなたの話が大体一致しているのです。この本がそもそも何なのかはさておき……これであなたの話は全て真実だとわたくしは信じることにしたのです」
名治子は嘘をついていた。彼女が遭遇したクトゥルフは、確かに末峰の作ったゲーム内にも登場はした。しかしそれとは別に、配信などされていない、彼女を含めた5人の参加者しか知らないあの時、あの場所で、彼女は本物のクトゥルフと同等の実像に遭遇していた。思い出すと今でも嫌な汗が噴き出してきそうになる。当然、名治子は自分が見たもののことは黙っていた。一方、赤森が見たというクトゥルフも、まだ完全に復活した姿ではなかったようだが、名治子が見たそれと似た特徴を備える同一の存在であったことは間違いなく、それが赤森の話の信憑性を彼女の中で殊更高めていた。
「私も読みたかったんですが……まあ、いいです。ともあれこれで私が妄想や幻覚に囚われている、というわけではないことがよくわかりましたよね。ということは、これで私はもうセラピーを受けなくてもいいんじゃですか? 先生」
赤森がそう言うと、名治子はまた目を瞑り、ふーっと息を吐いて呼吸を整えた。そしておもむろに目を開き、
「そうですね……あなたが体験したことが事実であるとわかったら、一層ケアする甲斐が出てきました。そんな体験をして心に傷を負わないはずがありませんから」
と言い、冷めたコーヒーを一口すすった。
「えー、そんなー」
そうは言っても赤森はまんざらでもない様子だった。彼女の話を真実として聞いてくれる人物など後にも先にも名治子くらいのものだからだ。それで少し安堵している赤森とは裏腹に、名治子は暗澹たる気持ちだった。願わくば、そんな体験が真実であって欲しくはなかったとさえ思う。ともすれば我々は奇妙な縁を通じて、「人類が知るべきではない真実」の扉を開いてしまったのではないか。その開きかけた見果てぬ深淵の扉から、手元の本に載っている名状し難い魑魅魍魎が這い出てくる様を思うと、多少気が狂いそうになる。だがこれは、人類がこれから目の当たりにするであろう恐るべき数々の物語のほんの序章に過ぎない。そして、今は彼女がそれを知る由はないのだ──
これは何?
どうも、ほぼ月刊Najikoのライター、Najikoです。この前行ったクトゥルフ神話TRPGに登場させたわたくしのプレイヤーキャラクターが別々の場所で面白い繋がりに恵まれた(?)のでシナリオ終了後のやりとりを勝手にSSっぽく書きました。いいよね、こういうの(いいか?)
はい、今回の新キャラはズバリ、わたくしです。けどこのブログのアイコン?にもなっているNajikoは一応学生服みたいの着てますけど、こちらの名治子は33歳の心理学研究員。33歳には見えないって? 美魔女なんじゃないですかね(適当)。例によってこのイラストもAIで出力したわけですが、promptを1girlではなく1ladyから始めるなどそれなりに33歳みが出る工夫はしたんですよ。その証拠に、ほい。
同じpromptから出たイラストでもこっちは少女っぽいですよね。まあ、そういうことなので33歳です。
この名治子というキャラクターは前回のセッションに登場させた赤森珠子という女性と知り合い、という設定があります。それだけなら特になんてことないフレーバーだったのですが、実は今回は1回目に赤森が登場したシナリオで同席した安藤というキャラクターの継続探索であったため、「赤森が名治子に話したことの中に安藤の名前があり、それを妄想だと思っていた名治子が後日、本物の安藤と出会う」という衝撃のストーリーが出来上がってしまったわけですね。それを書きたかった。そんだけです。セッションは今回も最高に楽しかったです。詳しい内容についてはここでは書かないですけど、最終戦のイベントでNPCに「もう勝てっこないよ」とダメポイントを指摘される場面でダイス目がダメだった結果発生した出来事を的確に指摘されていたのがめちゃ笑いましたね。例の安藤さんは手が震えてめちゃくちゃ自傷ダメージを負っていました。普通に気の毒。キーパーのクラゲさんも、サブキーパーのはむさんも、一緒に参加された4名のプレイヤーの皆さんもお疲れさまでした。ありがとうございました。
今回も豪華な表情差分を用意しました。実際にはこんなに使わないんですけどね。わたくしはテキストベースでセッションに参加しているので、使うかはともかく差分を用意しておくと楽しくRPができます。地味に透過が大変です。
赤森さんを再掲。こっちは6パターンですが、このくらいがちょうどいい気がしますね。しかし、こんだけ用意してもそれほど手間にならないんだから本当に恐ろしい時代です。
今回はそんなところです。今回のセッションは本当は別のキャラを出す予定だったのですが、今後ロスト可能性の高いシナリオをやるようなときに名治子を出してロストしたらイヤだな、と思ったので早めに登場させておきました。とても楽しめました。では、「最高のVRゲーム」、VRCでまたお会いしましょう。