「Nuj計画」第1幕

あらすじ
 人間の脳と機械を繋ぐ研究を行うINCT研究所に勤務する医学研究助手の赤森、そして心理研究主任兼セラピストの名治子はそれぞれ別の場所、別の機会に「クトゥルフ」とそれにまつわるこの世ならざるものどもと接触するという数奇な運命を辿っていた。あるとき、名治子は赤森のセラピーを担いお互いの不思議な体験についての知識を共有していることにかこつけて、自らが研究し実行しようとしているある計画に彼女を加担させようとする。

 人気のないうっそうとした場所にある、無機質な研究所。その中の、表札に「面談室」と書かれた狭い部屋には2人の女性。今日もここでは「セラピー」と銘打った密会が行われている最中だった。
 「先生、私これじゃあセラピーを受けてるのに逆にノイローゼになってしまいます」
赤森は言った。名治子は目の前で本当に困っているクライアントを大して気にもかけず、
 「言ったでしょう。我々は一蓮托生なのですよ。まあ、何かあっても一介の研究助手であるあなたに責任は負わせませんから、心配することはありません。あなたはほんの少し、きっかけになる役割を果たしてくれれば結構です」
と軽く机に頬杖を突きながらリラックスした様子で言った。赤森はそのおおらかな態度をかえって不気味に思ったが、もはや後の祭り。自分もこの計画の入り口に立って既に引き返せないことを認識していた。
 「はぁ……まあ、先生がそこまで言うなら協力しましょう。もうなんでもいいです。詳しい手筈を教えてください」
赤森はいよいよ覚悟を決めて、名治子の提案に乗ることにした。彼女にはこれといってメリットのない話ではあるのだが、自分にしかできない役割な上に相手は別部署の上司。断れる理由を彼女は持ち合わせていなかった。
 「ありがとう、赤森さん。あなたなら必ずそう言ってくれると思っていました」
名治子は少女のようににっこりと屈託のない笑顔を浮かべ、
 「では、まず……」
とおもむろに話をし始めた。

 「変な場所……もうちょっと目立つ場所じゃダメなのかな」
とある辺鄙な町はずれの団地。ここから先には田畑しかない、といった世の果てのような場所にある今や貴重な電話ボックスの前に、一人の少年が立っていた。彼の名は深木紋乃。赤森が以前遭遇した「深きもの」と人間のハーフにあたる人物だ。彼は数日前、交換した連絡先を通じて赤森からINCT研究所のある研究棟に招待されていた。赤森と実際に会って話していたときには一度その誘いを断っていた……はずなのだが。
 「えーと……めんどくさいな。なんで電話ボックスを使わなきゃいけないんだろう……」
深木少年は携帯電話、延いてはスマートフォンが当たり前に普及している時代の子どもなので、電話ボックスなどほとんど使ったことはなかった。しかし、赤森からの指示で彼は今日、ここの電話ボックスで指定された番号にかけるよう申しつけられていたのだ。受話器を取り、なけなしの小銭を入れ、見た目ほど手ごたえのない大きなボタンで番号を押すとほどなくして、聞き覚えのない声がその大きく重い受話器の向こうから聞こえてきた。
 「はい、ラボの者です。13時3分……あなたが深木さんで間違いありませんね?」
名乗りもしない男性は開口一番そう尋ねてきた。
 「あ、はい……深木紋乃です。赤森って人に言われて、この番号に……」
彼が少し緊張した様子でそう言うと、
 「確認いたしました。すぐに迎えの車が向かいます。白いセダンです。お間違いなきよう」
と、男はすぐに電話を切ってしまった。仕方なしに深木が受話器を置くと、入れすぎた10円玉がジャラジャラと戻ってきた。腑に落ちないような様子で彼は10円を財布に戻し、電話ボックスの外に出て見晴らしのいい道路を眺めていると、本当にすぐに白い1台の車が走ってきた。もう来たのか、いや、さすがに偶然白い車が通っただけじゃないのかと彼は思ったが、それは偶然でも何でもなかった。車は電話ボックスの前で止まり、自動的に後部座席のドアが開く。そして運転席の窓が下がり、運転手の痩せた中年の男が
 「深木さんですね、どうぞお乗りください」
としわがれた声で言った。深木少年はこの手際の良さと異様な空気感に強い不安を覚えていたが、もうここまで来てしまったら今更引き返すわけにもいかない。
 「お、お邪魔します」
と、まるで車内に隠れるように彼が乗り込んだその時だった。バン、と突然反対側のドアが開けられ
 「やっほー! ナイスタイミングじゃない? やっぱ私ツイてるなー」
と、一人で勝手にしゃべりながら誰かが乗り込んできた。深木は唖然としてシートベルトもせずにその人物に目を奪われた。バタン、と手でドアを閉め、深木よりも先にシートベルトを締め始めたその人物は、年齢にして深木と同じか少し下の、中学生くらいの少女だった。当たり前のように、しかして鮮やかなまでに手際よく車内に入り込んできた、黒いパーカーにショートパンツの華奢でしなやかな肢体。ややくすんだ緑色で、艶のある長いくせ毛の髪。全くもって見覚えのない謎の少女は、耳につけていたというよりは頭にかぶっていた、大きな猫耳つきヘッドホンを外して肩にかけた。
 「お嬢さん、困りますね……この車はタクシーではないんですよ。勝手に乗り込んでもらっちゃあ」
と、運転手が振り返って言っている最中に、少女はポケットからサッと1枚のカードを取り出して
 「ほい、これでいい?」
とそれを運転手の目の前に突き付けた。すると、
 「あ、これは……うーん……」
と運転手はかなり困った顔をして唸り始めていたが、
 「ねー、どうせ時間ないんでしょ。乗せてくれないなら降りて騒いじゃおっかな」
などと少女が言うと運転手はもう参った、と前を向き、
 「わかりました。出発しましょう……」
と発進準備を始めた。深木が乗り込んだ側のドアが自動で閉められたので、深木は急いでシートベルトを締めた。するとすぐに車は何もない田畑の方向へと発進し始める。
 「えーと……あの、ど、どちら様ですか?」
深木は全く状況が呑み込めずに困惑しながら隣に座る少女に尋ねた。すると少女は
 「私? 私は仁勢田真夏。たまにこの辺散歩してるんだ」
とだけ答えた。

これは何?

仁勢田 真夏ちゃん

どうも、Najikoです。新連載!(?)
以前行ったセッションのキャラを登場させたSSを書いてもいいよ、と言われていた気がしたので考えていたのですがそろそろ書けそうなので書き始めます。今回は続きものです。次回もお楽しみに……

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